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田村 賢司(たむら・けんじ)

日経ビジネス主任編集委員

田村 賢司

1981年大学卒業後、全国紙を経て88年に日経マグロウヒル(現・日経BP)入社。日経レストラン、日経ビジネス、日経ベンチャー、日経ネットトレーディングなどの編集部を経て2002年から日経ビジネス編集委員。税・財政、年金、企業財務、企業会計、マクロ経済などが専門分野。

◇主な著書
マネー動乱』(日本経済新聞出版) 2008
あなたは会社から求められていますか?―抜け殻社員』(日本経済新聞出版社(共著)) 2009

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

トランプが強くする中国経済

突然の規制も!中国事業は「半身の構えで」

2017年4月20日(木)

アジアへの投資を80年代初めから始めたオリックス。中国市場からは89年にいったん“撤退”したものの、2004年に再進出し成功を収めている。だが、最近の資本規制などをにらみ、「行け行けではやらない」という。中国事業は力を入れつつも半身の構えで臨む。
伏谷清(ふしたに・きよし)氏
1973年4月、住友銀行入行。75年2月、オリエント・リース(現・オリックス)入社。2010年1月、オリックス・インベストメント社長、15年6月、オリックス常務執行役・東アジア事業本部長などを経て2016年6月から取締役兼専務執行役。

オリックスは、中国で投資とリース事業を展開してきました。中国は今、海外への送金などに対する規制を強化しています。状況によって規制を強化したり、緩めたりする国での事業は難しいのではありませんか。

伏谷:まず、中国での当社の歴史からお話ししましょう。1981年に本業のリース事業で進出しました。文化大革命が終わって開放気運が高まったのを機に、進出を考えたようです。この時は、今や金融から不動産、インフラ開発、製造業などを幅広く手がける国有複合企業のCITIC(中信集団公司)が発足して間もない頃で、同社と合弁企業を設立しました。

 ところが、89年に天安門事件が起きて以後、債権回収に苦労するようになり、事実上撤退しました。結果として90年代は、中国で何もしませんでした。

「持ち株会社化」で中国事業拡大へ

それを2000年代に復活させたのですね。痛い目に遭ったわけですが、リスクをどのように考えたのですか。

伏谷:再進出したのは2004年夏でした。中国の経済成長が本格化し、改めて挑戦することにしたのです。この時は、計測器、医療機器などのレンタルサービスを手がけるグループ企業のオリックスレンテックが日本企業で初めて測定機器のレンタル会社を設立し、事業を始めました。手堅い分野でじっくりやろうとしたのです。

 翌2005年には、オリックス本体が上海市系の企業と一緒に現地にリース会社を設立。2006年にはオリックスレンテックが中国最大手の電子測定機器商社に出資しました。そして、2010年4月、オリックスが中国科学院と提携。同院傘下の企業と廃棄物を燃料に使った発電や水処理など、環境分野で共同プロジェクトを模索するようになりました。

信用力のある相手と地道に事業を広げていったわけですか。

伏谷:そうですね。

2010年には、多国籍企業の「地域本部」としての認定を大連市から受け、持ち株会社を設立しました。リース会社やレンタル会社などをその傘下に置いたことで、持ち株会社としては人民元の調達枠が拡大。それを重点分野などに機動的に投資できるようになりました。

 これによって、水族館や遊園地などを作っている企業グループの中核会社である大連海昌企業発展有限公司に出資。他にも下水道運営会社のチャイナ・ウォーター・フェアーズや、大連に本拠を置く次世代電池の開発会社などにも出資を拡大していった。

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