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金田 信一郎(かねだ・しんいちろう)

日経ビジネス編集委員

金田 信一郎

1990年日経BP社入社、日経ビジネス記者として企業不祥事や経済事件を長らく担当、2006年ニューヨーク特派員、2010年副編集長に就任。2014年から日本経済新聞編集委員として企業事件を取材、その記事を加筆修正した『失敗の研究』を2016年に出版。2017年より現職。

◇主な著書
失敗の研究』(日本経済新聞出版社) 2016
テレビはなぜ、つまらなくなったのか』(日経BP) 2006
真説バブル』(日経BP) 2000

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

小さな革命

脱サラ、「4畳半の住職」

2017年7月24日(月)

 東京・蒲田の住宅街の片隅に、何の変哲もない小さな家がたち並ぶ。そこに、わずか11坪の小さな寺がある。住職の秋葉光寂(65歳)は、44歳にして比叡山に入り修行を始め、50歳を過ぎて住職になった。自宅の寺で、悩みを抱える人を迎え、話を聞き、時には経をあげる。働く人に寄り添っていきたい――。その思いの根底には、自らが大企業の幹部だった時代の不安と苦悩がある。出世街道を駆け上がるほど、心は行き場を失っていった。

 京急蒲田駅から徒歩10分、大通りから細い道に折れると、狭い家屋が所狭しとひしめく住宅街に迷い込む。さらに狭い路地を入っていくと、その寺はあった。

 十如寺。

東京・蒲田の住宅街にある十如寺と秋葉光寂住職

 手を広げたぐらいの幅しかない、11坪の小さな一軒家に、寺の表札がかかっていた。その2階で住職の秋葉光寂が経を読む。その声が、お香の煙とともに窓から漏れ、隣近所に漂っていく。

答えを言わない

 「自宅を寺にしている住職はいるが、あそこまで狭いのは見たことがない」

 天台宗の叡山学院(滋賀県大津市)で秋葉とともに学んだ龍禅寺副住職の櫻井宣明は、初めて寺を案内されて、そう唸った。それから14年間、十如寺はなんら変わることなく、存在し続けている。寺を訪ねてきた人は、1階の4畳半の和室で、ちゃぶ台をはさんで秋葉と話し込む。

 末期ガンが発見されて医者に見放された人、離婚して人生を思い悩む人…。

 「何か問題がなければ、人は宗教に走りません」

 そう言う秋葉は、相手の話を聞き続ける。そして、会話がひと区切りつくと、茶をすすり、今度は自分が話をする。仏教の教えについて、また時には世間話を口にする。

 解決策を言うことはない。人が悩み抜いている問題など、そもそも簡単に解が見つかるはずもない。秋葉は、小さな和室で、ただ延々と話を聞く。

 秋葉は問う。では、立派な大寺院ならば、問題をすぐに解決できるのか。大きな寺になるほど、仏像を拝むだけの場所になっていないか。そもそも、悩みを聞いてくれる人すら見当たらない。

 それならば、街の中に佇み、人々の傍に寄り添うべきではないか。

 「みんな、少なからず問題を抱えて生きている。たとえ肩書きが立派な人でも」

 秋葉は知っている。「偉い人」ほど世間体を気にして、周囲に相談することができず、不安を膨らませながら生きている。成功しているように見える人こそ、心が危険な深みにはまってしまう。

 そこで、世間の雑踏に埋もれたこの小さな寺を訪れ、密かに打ち明ける。静かに聞いていた秋葉は、こう提案することもある。

 「お経をあげてみてはどうでしょうか」

 俗と聖の間を往復する――。秋葉はそう表現する。普段と違う空間が広がり、俗世間の迷いをその中に解き放つ。

働いている人に寄り添う

 ある人は、20歳になる子供が自殺し、葬儀を前に狂乱状態に陥っていた。親戚や知人に責められるに違いない。なぜ、子供の異変に気づかなかったのか、と。

 秋葉は、「釈迦の教えに自殺を咎める言葉はない」と諭す。

 「本人が楽になったのですから、一緒に冥福を祈りましょう」

 その後、親は立ち直って、さらに財を築いた。新たに豪邸が建った時には呼ばれたが、それを最後にぱったり連絡はこなくなった。秋葉はそれでいいという。宗教としての役割は果たし終えた、と。

 秋葉の信者は、今年になって4人増え、40人を数える。一堂に会することはなく、それぞれが電話をかけてから、この小さな寺を訪れる。そして、4畳半の和室で話をして帰っていく。

 信者に少なからぬ現役の企業人がいる。ある経営者は業績が好調だが、判断に迷うと秋葉の元を訪れる。様々な課題を打ち明けるが、秋葉はただ聞き、そして自身の話をポツリポツリと語る。当初、経営者はしびれを切らしたこともあった。

 「苦しんでいる人は、答えを言ってほしい。どうすればいいのか、指し示してくれれば楽になる」

 事実、この経営者は様々なコンサルタントと話し、ほかの宗教家にも会ってきた。みな、それなりの「解」をくれる。だが、「これで助かった」と思って職場に帰ってみると、それが解決策にならない現実に引き戻される。結局、最後の判断は、自分で悩み抜いた末に探し出さなければならない。

 秋葉は、経営の「原点」に立ち戻らせてくれるという。話しているうちに、「自分はこのままでいいのか」と心がざわついてくる。

 ある時、寺を訪れると、秋葉が頭を抱えていた。「まだ、僧侶としてなっていない」と悩んでいる。聞けば、台所に出てきたネズミを、反射的に追い払おうとしたという。だが、昔の名僧はネズミを招き、ともに戯れたとある。

 「無分別、そういう境地に達しなければならない」。敵も味方もない。すべてをありのままにとらえ、分け隔てをしない。その状態を「空」ともいう。秋葉は仏教を学び続けながら、そうした「理想界」を追い求めている。

 経営者は、秋葉の目指す「無分別」という世界を思い描く。そして、自分が行き着く先の「理想の経営」についても考えさせられる。本当に、今のままの組織や経営でいいのか。目指すものを再確認していくと、やがて問題の解が浮かび上がってくる。

 それは、秋葉の住職としての特異な力を物語っている。秋葉はこの小さな寺を開くとき、1つの理念を持っていた。同僚だった櫻井は、その言葉が今も脳裏に焼き付いている。

「働いている人に寄り添っていきたい」

 そう考える根底には、彼が住職になる以前の経歴がある。1990年代、大企業に勤務していた秋葉は、出世街道のまっただ中にいた。だが、昇進するほどに行き詰まりを感じ、運命は思わぬ方向に転回していく。

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