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佐藤 登(さとう・のぼる)

名古屋大学客員教授/エスペック上席顧問(前サムスンSDI常務)

佐藤 登

1978年横浜国立大学大学院工学研究科電気化学専攻修士課程修了後、本田技研工業に入社。1989年までは自動車車体の腐食防食技術の開発に従事。社内研究成果により88年には東京大学で工学博士号を取得。90年に本田技術研究所の基礎研究部門へ異動。電気自動車用の電池研究開発部門を築く。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載される。
栃木研究所のチーフエンジニアであった2004年に、韓国サムスングループのサムスンSDI常務に就任。2004年9月から2009年8月までの5年間は韓国水原市在住、その後、逆駐在の形で東京勤務。2012年12月にサムスン退社。2013年から現職。

◇主な著書
人材を育てるホンダ 競わせるサムスン』(日経BP社) 2014
最新工業化学』(講談社サイエンティフィック、分担執筆) 2004
世界発掘探訪記』(鳥影社) 2000

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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 イギリス、フランス、ドイツなど、昨今の欧州を中心にしたテロ事件が多発している報道を見るにつけ、いたたまれない気持ちになる。イスラム過激派が敵対視する欧州の歴史的先進文化へのコンプレックスが、そのような過激思想を増幅させているのだろうが、これもひとつの戦争と言えよう。

 北朝鮮のミサイル発射にしても、今後、どのようにエスカレートするのか不安は増すばかりである。国際社会に反するこのような行動に対して、人類はどこまで防御できるのか。とりわけ、ビッグデータ、人工知能、高度センシング機能などを駆使することにより、高い確率で国際社会を守り抜くための人類の叡智が問われている。

技術経営――日本の強み・韓国の強み

環境改善か下剋上か、EVシフトの先の業界勢力

2017年11月9日(木)

11月5日に閉幕した東京モーターショーにも、多くの電気自動車(EV)が展示された。写真は日産自動車が公開したコンセプトカー「IMx」(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 昨今の自動車業界の電動化戦略、中でも電気自動車(EV)シフトは過剰なほどの勢いで全世界に広がり、日々激動の最中にある。9月14日付けの本コラムでは「急加速のEVシフトに潜む5つの課題」と題し、各課題について所見を記した。また、10月26日付けのコラム、「先行企業に神戸製鋼不正問題の防止策を学ぶ」の中では、部材の軽量化がいかに今後のEVシフトに対して重要であるかも述べた。

 今回は、さまざまな思惑が絡む環境規制に対し、企業が直面している数々の問題を取り上げるとともに、日本の産業界の取り組みの中で強固にすべき点について整理してみた。

圧倒的に強かった日本勢の電動化戦略とビジネスモデル

 1990年9月に米国カリフォルニア(CA)州大気資源局(CARB)が発効したZEV(ゼロエミッション自動車)規制は、将来の自動車業界のパラダイムシフトを予感させるものであった。

 米国ビッグ3、すなわちゼネラルモーターズ(GM)、フォード・モーター、そしてクライスラー(現フィアット・クライスラー・オートモービルズ:FCA)、および日本のトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車に課された1998年からのEV生産と販売の義務化(各社のCA州販売台数2%をEV化する規制)は、日米のみではなく世界の自動車業界に大きな衝撃を及ぼすイベントとなった。それから28年目となった現在、自動車業界にとっては生き残りをかけた電動化競争の火ぶたが切られている。

 もっとも、このZEV規制がきっかけとなり、日本の自動車業界は世界に先駆け電動化で大きな成果をあげ、他国の自動車業界に対して優位性を築いてきたのも事実である。であるからこそ昨今の各種規制は、強かった日本勢にとって逆風ともいえる新たな規制となりつつある。

 ホンダ在籍時代にZEV規制発効の初期からこの課題に取り組んだ筆者の目に映った規制の背景には、CARBが示したCA州の大気質を一層クリーンにするという大義名分は確かにあった。しかし、それ以外に二つの重要な思惑が存在していた。

 一つは、米国が得意としていた軍事産業の勢いが弱まってきたことで、その技術を応用し、EVという新たな手段で米国の産業競争力を高めようとしたこと。二つ目は、日本の自動車業界が世界トップレベルの排ガス制御技術を構築しつつ、かつ燃費性能でも世界トップを築いてきた著しい成長に対し、電動化で日本をリードしようという思惑が働いていたことだ。

 しかし、米側のその思惑は外れた。結果といえば、スピーディーにかつ真摯に研究開発を立ち上げた日本勢が、得意分野の二次電池や豊富な磁石技術を有すモーター、あるいはインバーターなどで力を発揮し、米国勢のEVよりも遥かに優れたEVをCA州市場にお披露目したからである。20年前の1997年のことである。

 その後、日本勢は1997年末に、トヨタが販売開始したハイブリッド車(HV)「プリウス」を皮切りに、2年後にはホンダもHVを事業化し、この2社がHV分野の礎を築き現在に至っている。その後、フォードもHVを商品化したものの、ハイブリッドシステムはトヨタのTHS(トヨタハイブリッドシステム)の技術ライセンスを受けての開発で、頭脳部、心臓部、筋肉部に相当する重要なコンポーネントは日本製と言う、ある意味、屈辱的なビジネスモデルの導入に甘んじなければならなかった。

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