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小川 敦生(おがわ・あつお)

多摩美術大学美術学部芸術学科教授

小川 敦生

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒。1988年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社後、音楽、美術などのジャーナリズムの各分野で活動する。日経アート編集長や同社編集委員を経て、日本経済新聞社文化部へ。美術担当記者として多くの記事を執筆。2012年4月から現職。専門は美術ジャーナリズム論。担当のゼミでは、アート誌「Whooops!」を発行している。

◇主な著書
『日本経済新聞朝刊記事「美の美 パウル・クレー(1)〜(4)」』(日本経済新聞社) 2011
『日本経済新聞朝刊記事「美の美 日本人と猫絵(上)(下)』(日本経済新聞社) 2015
日経電子版記事「瀬戸内芸術祭 写真で巡る『島とアートと海の旅』」』(日本経済新聞社) 2010

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

最近のトピックス

 文字を書くのが専門のはずだが、iPadのお絵かきアプリで猫だかねずみだか分からないような下手な絵を描き始めたらとまらなくなった。知り合いに見せて「画伯」と呼ばれるようになり、調子に乗っている。最近は恥ずかしげもなく教えている美大生に見せたり、図柄を印刷したTシャツを着るなどして喜んでいる。

 絵を描き始めて気づいたのは、これまでいかにクリエイティブな絵をたくさん見てきたことかということ。おかげで例えば単に猫をそのまま描くようなことに満足ができない。猫が宇宙に飛び出したり、ライオンの真似をしたり、地下組織「猫の穴」から抜け出してきた「ニャイガーマスク」になったり。絵は下手なままだが、クリエイティブな発想が生活を豊かにすることを、身をもって知るようになった。(作例は「にゃいおりん2」)

小川敦生のあーとカフェ

戦争と暮しを雑誌で見せた花森安治

2017年4月1日(土)

 雑誌『暮しの手帖』を戦後ほどなく創刊し、名物編集長として名を馳せた花森安治(1911~78年)は、文章の執筆から誌面デザインまで雑誌の制作を総合的に手がけたマルチプレイヤーだった。東京の世田谷美術館で開かれている「花森安治の仕事」展に出かけて、その仕事ぶりがよく分かった。

 中でも感心したのは、花森自身が毎号描いていたという『暮しの手帖』の表紙絵である。表紙をコレクションするために毎号雑誌を買う人がいたのではないかとさえ思わせる出来映えだ。

《(美しい)暮しの手帖》1世紀1号(創刊号)
( 発行:衣裳研究所、1948年9月20日刊、暮しの手帖社蔵)
『暮しの手帖』は100号ごとに「世紀」でくくっている。1~100号が「1世紀」、次の号は2世紀1号とされている

 1948年刊行の創刊号の表紙絵は、赤いタンスに茶色い棚、緑の椅子などが柔らかなタッチと色彩で描かれ、ポットや照明スタンド、鍋、花瓶、鏡、傘などが載ったり立てかけられたりしている。モチーフにしたのは今なら簡単に手に入りそうなものばかりだが、終戦直後の混迷の時期を過ごす多くの人にとって、こうした華やかな絵は“夢の暮し”の風景と映ったことだろう。

 この雑誌で「理想の暮し」を目指した花森は、当初、誌名にも「美しい」という形容詞を小さなロゴで添えて『美しい暮しの手帖』とした。その頃、「暮し」という言葉には暗いイメージがあり、その払拭を狙ったともいう。あるいは「暗し」と音が通じることもそんな空気をふくらませていたのだろうか。

《中吊り広告「暮しの手帖 1 世紀 99 号」》
(デザイン:花森安治、1969 年 2 月 1 日刊行用、世田谷美術館蔵)

 花森の表現は、ただ理想的な“暮し”の空気を醸し出しているだけでなく、それぞれのモチーフがまるで体温を有する生き物のようにも感じられる。写実的な表現や写真とは違った創造的な“絵”の力を見出すことも可能だろう。読者の皆さんはどうお感じになるだろうか。

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