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野々村 健一(ののむら・けんいち)

IDEO Tokyoリードビジネスデザイナー

野々村 健一

IDEO Tokyoのリードビジネスデザイナーとして国内外の様々な企業や団体とのプロジェクトを手掛ける。慶應義塾大学卒業後、トヨタ自動車にて海外営業や商品企画を担当。米ハーバード・ビジネス・スクールへ私費留学し経営学修士(MBA)取得の後、IDEO Tokyo立ち上げに従事。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

発想する会社・IDEOはこう考える

世界一有名なマウスのデザインに込めた哲学

2014年5月28日(水)

 こんにちは。IDEO(アイディオ)Tokyoの野々村健一です。今回から数回にわたって、僕らが働くIDEOという会社を紹介したいと思います。

 第1回のインタビュー記事をご覧になった方なら、そもそもIDEOとはどんな会社なのかというイメージはつかんでいただいているかも知れません。そのイメージをより具体的にしていただくに当たって、今回はIDEOの成り立ちについて少しお話をしたいと思います。

 IDEOは1980年代に誕生した比較的新しい会社ですので、決して歴史があるわけではありませんが、その変遷を辿っていくと、昨今なぜ「デザイン」がビジネスや経営でも語られ始めているのかが理解できると思います。それでは始めていきましょう。

IDEOに欠かせない2人の人物

 IDEOの歴史を語る上で、欠かせない2人の人物がいます。1人は、デビッド・ケリー、もう1人はビル・モグリッジと言います。デビッドは1951年、オハイオ州に生まれました。弟のトム・ケリーとともに青春時代を過ごし、75年に米国西海岸のスタンフォード大学に入学します。

IDEOを創業したデビッド・ケリー。「本当にイノベーティブな製品というのは、もっと仲の良い友人同士で面白おかしく議論しながら生まれてくる」

 転機は1978年に訪れます。

 デビッドは米西海岸のスタンフォード大学大学院の博士課程で学んでいました。専門は電機工学。既に、航空大手のボーイングや大手システム会社NCRでの仕事を手伝ったりしていたものの、デビッドにはどうしても馴染めなかったようです。

 その最大の不満は、開発の工程にありました。新製品を開発する上で、デザイナーとエンジニアが会話をすることはほとんどありません。とにかく、「デザイナー」「エンジニア」、もっと言えば、販売・セールスまですべての組織が機能別に分断され、ほとんど交流することがないのです。

 「これではワクワクするような製品は生まれない」。本当にイノベーティブな製品というのは、もっと仲の良い友人同士で面白おかしく議論しながら生まれてくるのではないだろうか。そう考えていたデビッドは、学業の傍らで自分の理想のプロジェクトを手がけられる、小さな事務所を設立します。

 その名も「デビッド・ケリーデザイン」。大学院に所属したまま、気のおけない仲間たちと楽しいプロジェクトを次々と企画し、形にしていきました。事務所は、カルトレインのパロアルト駅にほど近い、倉庫の跡地。現在も本社のある場所です。その後、87年に弟のトムもこの事務所に参加します。

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