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中野 晃一(なかの・こういち)

上智大学国際教養学部教授/同大学グローバル・コンサーン研究所所長

中野 晃一

1970年東京生まれ。東京大学文学部哲学科および英国オックスフォード大学哲学・政治コース卒業、米国プリンストン大学で博士号(政治学)を取得。専門は比較政治学、日本政治、政治思想。

◇主な著書
民主党政権失敗の検証』(共著、中公新書) 2013
戦後日本の国家保守主義――内務・自治官僚の軌跡』(岩波書店) 2013
ヤスクニとむきあう』(編集、めこん) 2006

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

民主主義は終わったのか

小選挙区制という「魔法の装置」

2014年2月6日(木)

 東西冷戦が「終わりの始まり」を迎える中、フランシス・フクヤマが「歴史の終焉」と自由民主主義の最終的な勝利を謳いあげた1989年。ちょうど日本においても「山は動いた」といわれたように、自由民主党が参議院選挙で追加公認や非改選議席を足しても過半数に達しない大敗北を喫し、1955年からつづいた一党優位制の終わりが始まったのであった。

 さらに小選挙区制の導入を中心としたいわゆる政治改革をめぐる対立などで1993年に自民党が分裂し、宮澤喜一内閣に対する不信任案が可決、衆議院の解散・総選挙を経て過半数を失った自民党は、ついに戦後38年たえまなくつづいた政権を手放すこととなった。

 こうして、東西対立の構図をそのまま日本国内に圧縮していたかのような「自民党の長期政権」vs.「万年野党としての社会党」に特徴づけられた1955年体制は崩壊し、政党間競争が急速に激化する中、政界再編と連立政権の新時代が幕を明けたのであった。

オルターナティブとしての民主党の形成

 小沢一郎らの新生党、武村正義や鳩山由紀夫らの新党さきがけという自民党から分裂したばかりの政党から、細川護煕らの日本新党、民社党、公明党、社民連そして社会党までを含めた7党による連立内閣のもとで小選挙区制の導入がなされると、自民党に対抗するオルターナティブの形成をめざして、合従連衡の動きは加速した。

 当初、主導権を握ったのは、小沢であった。1993年の総選挙で大敗し完全に守勢にまわった社会党に次々と政策転換を迫り、ついには排除するかたちで(主として新生党、日本新党、民社党、公明党からなる)新進党の結成に向かっていった。しかし、追いつめられた社会党が新党さきがけとともに自民党と連立政権を組むことを選び、自民党の政権復帰を許すと、新生党の党勢は伸び悩むことになる。

 そうした中で、自民党と新進党という2つの保守政党に対抗する「第三極」として社民党(旧社会党)の一部と新党さきがけが母体となって1996年に民主党が結成された。1998年に小沢が新進党を突如解党すると、民主党は旧新進党の保守勢力の一部の参加を得て再結成、小泉純一郎率いる自民党政権と対峙する過程でついには小沢自由党とも合併し、政界再編が本格化してから10年を経た2003年にようやく社民リベラルから新自由主義、そして保守まで含んだ非自民勢力が民主党に集結したのであった。

 そして2005年の郵政民営化選挙の挫折を経て、2009年、民主党は悲願の政権交代を実現した。自民党のオルターナティブを作り、日本に政権交代可能な二大政党制が成立することを夢見た政治改革の流れは16年後についに結実し、自由民主主義の貫徹というフクヤマの予言を日本において成就したかに見えた。

民主党の失墜

 しかし民主党は政権につくや、ただちにさまざまな内憂外患に苦しむところとなった。

 詳細は日本再建イニシアティブ著『民主党政権 失敗の検証』における調査報告にゆずるが、民主党政権は、普天間基地移設問題で迷走、「国民の生活が第一。」とマニフェストで掲げていたはずが、消費税増税や環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加へと根本的な政策転換を行った結果、熾烈な党内対立と分裂を経て、2012年12月の衆議院選挙で惨敗し下野、さらに2013年7月の参議院選挙でも壊滅的敗北を喫したのであった。

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