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加藤 祐子(かとう・ゆうこ)

翻訳家・編集者

加藤 祐子

東京生まれ。英オックスフォード大学修士課程修了。朝日新聞記者、国連本部職員、米ニュースサイトの日本語版編集者を経て、2006年2月からgooニュース編集者。訳書に『策謀家チェイニー』(朝日新聞出版)、『シャーロック ケースブック』(早川書房)。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

素顔のチェンジメーカーたち:Changemakers Up-close

社会起業に自己犠牲? 必要ありません

2014年7月15日(火)

 社会の問題解決につながるアイデアを実現し、事業化していく社会起業家、チェンジメーカー。そんな社会起業家を探して社会の変革を加速しようとする市民組織、アショカのメンバーは、「システム変革者」を探して世界中飛び回る。システム変革者とは、社会の「膿」につける薬ではなく、その膿を生み出した根本的な原因となっている社会の仕組みの欠陥を突き止め、それに代わる新しい仕組みを創り出す人だ。1980年のアショカ創設時から、創設者ビル・ドレイトンを助けて運営にかかわってきたビル・カーターは、文字通り世界中を飛び回っている。

ビル・カーター(Bill Carter)
1946年米国ハワイ生まれ。米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院で中国研究博士号。インドネシア政府顧問を経て、コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーでビル・ドレイトンと出会い、アショカ創設時から理事会メンバーに。米環境庁(EPA)勤務の後、代替エネルギー発電会社を設立。設立から6年後に株式上場を果たし、それから5、6年して売却したあと、「専業父親」となる。2008年からはアショカの仕事に専念。アフリカ担当やアショカ・フェロー候補の発掘・面接で世界を飛び回る。

 カーターは年間4カ月はアフリカ、2~3カ月間は西ヨーロッパと米国に住み、その合間を縫ってフェロー候補者の筆頭インタビュアーとして活躍している。今年68歳になる彼の社会変革に捧げる意欲とエネルギーは、30年前と全く変わらない。

 カーターの半生は、非営利から営利へ、営利から非営利へ、政府系から民間へ、民間から政府へと、自在に行き来したかのように見える。最近の米国ではそれほど珍しくないキャリアパスだが、70年代や80年代には決して簡単なことではなかった。

 当時の公共セクターには起業家的なビジネスの発想が乏しかったし、逆に民間は、公共セクターなど金をばらまくか寄付を無心にくるだけの役所の延長だと不信感を抱いていた。

 しかしビル・ドレイトンが米環境庁(EPA)で、米国の環境政策にビジネスマインドを持ち込んだように、「社会起業家」の概念が広まると共に、公共的な活動をビジネスとして展開して、社会に影響を与える仕事ができるようになった。

社会を変えるにはまずデモやストの時代

 自分が代替エネルギー発電会社を設立した時も、EPA出身だからこそ熟知している新しい規制の枠組みを活用して利益を生み出すことができた。事業の成功には、ビジネス経験だけで充分ということはない。もちろん政府や公共部門の経験だけでもダメだ。両者がうまく交差するところに、それまでにはなかった、全く新しい価値を生み出すチャンスがあった。

 カーターたちが幼い頃はまだ米国でも、社会の為に何かしようと思うなら、高い給料や楽な暮らしは諦めて、色々なものを犠牲にしなくてはという考えが普通だった。

 社会を変えようと思うなら、デモやストライキに参加しなくてはというのが、60年代に思春期を過ごしたカーターたちの世界の、かつての常識だった。企業はひたすら利益を追求し、社会活動は利益を度外視するものだと、両者は相容れないものだと思われがちだった。

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