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國井 修(くにい・おさむ)

世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称「グローバルファンド」The Global Fund)戦略・投資・効果局長

國井 修

1988年自治医科大学卒業、公衆衛生学修士(ハーバード大学)、医学博士(東京大学)。内科医として勤務しながら国際緊急援助NGOの副代表として、ソマリア、カンボジア、バングラデシュなどの緊急医療援助に従事。国立国際医療センター、東京大学、外務省、長崎大学、UNICEFニューヨーク本部、同ミャンマー事務所、同ソマリア支援センターなどを経て現職。これまで、110カ国以上で緊急援助、開発事業、調査研究、教育に関わった。

◇主な著書
国家救援医 私は破綻国家の医師になった』(角川書店) 2012
災害時の公衆衛生 私たちにできること』(南山堂) 2012

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

最近のトピックス

ソマリアからスイスのジュネーブに活動拠点が移りました。 世界エイズ・結核・マラリア対策基金戦略・投資・効果局長として新たな課題に取り組んでいます。

終わりなき戦い

あと14年で「世界から貧困を無くす」ために

2017年1月11日(水)

 新たな年を迎えた。

 昨年を振り返ると、イギリスのEU離脱、アメリカの大統領選挙、ニースやブリュッセル、ベルリンなどでのテロ、リオのオリンピック・パラリンピックなど世界では様々な出来事があったが、国際社会にとってひとつ、忘れてはならないことがある。

 それは、「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)」の時代に別れを告げ、新たな2030年の国際社会の共通目標「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals: SDGs)に向かって第一歩を踏んだということである。

 このSDGsは、日本のビジネス界にとって、社会貢献や国際貢献と共に、国内外でビジネスを広げる大きなチャンスでありながら、認知度は低く、知られていてもCSRに留まり企業のコアな部分には入り込んでいない。

 本稿では、MDGsからSDGsに移行した背景、SDGsが目指す目標とその特徴、その達成に必要なこと、そして日本の取り組みと個人的な期待について述べたい。

開発途上国が「南北格差」に喘いだ80-90年代

 1980、90年代、いわゆる開発途上国には問題が山積していた。

 1980年代、世界銀行や国際通貨基金(IMF)が推進した構造調整政策の失敗などにより多くの途上国で貧困がむしろ悪化。世界の南北格差は広がっていった。1990年代には東西冷戦が終結し、グローバル化が拡大したが、それに伴い新たな地球規模課題も生まれていった。

 私もこの時代、大学生、そして若手医師としてアジア、アフリカ、中南米を訪れたが、政治腐敗、紛争、内戦が横行し、人々は貧困、栄養失調、病気で喘いでいた。

 インドやバングラデシュの街を歩くと、物乞いに囲まれて身動きができないことがよくあった。その中には、鼻や指趾を失い、また足が象の足のように腫れ上がった、当時、らい病、象皮病と呼ばれ差別されていた患者もいて、その顔や手足を見せながら物乞いをしていた。多くの途上国ではまともな医療が受けられない時代だった。

 カンボジアでは1991年に内戦が終わるも、首都プノンペンでは時折銃声が聞かれ、インフラは破壊され、優秀な人材が大虐殺で失われていた。ゼロから、いやマイナスからの国造りがスタートしたが、農業を再開しようも、荒れ果てた農地には多くの地雷が埋まり、負傷者が後を絶たなかった。

 アフリカの状況は前稿「『アフリカ開発』の転換点、我々に何ができるか」で記した通り。コンゴ、ソマリア、ルワンダ、スーダンなどで次々に紛争が勃発し、多くの死者・負傷者、難民・避難民が発生し、エイズ、結核、マラリア、エボラ熱、ラッサ熱など、様々な感染症が猛威を振るっていた。

2000年「ミレニアム開発目標」が始動

 このような世界の開発課題に立ち向かうため、新たなミレニアム(千年紀)の始まりである2000年に、189の国連加盟国代表がニューヨークに集って議論したのが国連ミレニアム・サミット。ここで21世紀の国際社会の目標として採択されたのが国連ミレニアム宣言であり、これと1990年代に国際会議やサミットで採択された国際的な開発目標を統合して作ったのが「ミレニアム開発目標(MDGs)」である。

 実を言うと、「また国際目標か」というのがMDGsが採択された当時の私の率直な感想だった。

 私の専門である保健医療分野では、1990年代に様々な国際目標が作られてきた。「2000年までにポリオを撲滅しよう」「5歳未満の子どもの死亡率を3分の1に低減しよう」「麻疹(はしか)による死亡を95%低減しよう」「子どもの下痢症を半減しよう」などなど。

 しかし、ニューヨークのようなファンシーな都会とはかけ離れた、砂埃の舞い上がる途上国の現場に身を置き、なかなか届かぬ援助、本気でやる気を見せない現地政府を見ていると、これらの「国際目標」が「美辞麗句」に聞こえていたのだ。

 先進ドナー(資金提供)国は、どれほど本気で途上国の発展を願っているのか。途上国政府は、どれほど真剣に自国民の貧困問題や健康問題を考えているのか。世界は本気で、これらの国際目標を達成しようと本気で思っているのか。・・・現場にいて疑心暗鬼となり、苛立ちを隠せなかった。

 そんな自分が、どういうわけか、このMDGs達成に向けた議論と政策推進に携わることになった。

 2000年、私は貧困と熱帯病が蔓延する東北ブラジルでの公衆衛生プロジェクトを終えて日本に帰国し東京の大学で教員を務めていたが、誘いを受けて、外務省の民間人採用の第一号として、2001年から3年間、外務省で働くことになったのだ。

 2000年に日本が議長国として開催したG8九州沖縄サミットで日本が誓約した感染症対策イニシアティブの監理・運営が主な仕事であったが、外務省で唯一の国際保健医療分野の専門家だったので、日本政府としてのMDGsの推進にも携わることになったのである。

 MDGsには、極度の貧困と飢餓の撲滅、初等教育の完全普及、ジェンダー平等推進と女性の地位向上など8つの目標(Goal)があり、さらに21のターゲット(target)、60の指標(indicator)が設定されていた。

(MDGsに関する情報はこちら

 驚くことに、保健医療分野は8つのうち3目標、21のうち6ターゲット、60のうち19指標と、開発課題の約3割を占めており、開発におけるその重要性が示された。

 途上国の劣悪な乳児死亡率や妊産婦死亡割合を、半減ではなく、3分の1や4分の1にまで激減させよう、さらに高額なために特にアフリカでは当時ほとんど入手できなかったHIV治療を「普及的アクセス」(Universal access)させようという野心的な目標であった。

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高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員