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シューカツ準備で単位が取れる大学!?

筆算が怪しい若者を受け入れる覚悟と責任

  • 沢田 健太

バックナンバー

2011年11月15日(火)

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 かつては「就職課」「就職部」、いまは「キャリアセンター」。キャンパスの内側と外側のつなぎ役でもある組織の職員として、複数の大学を渡り歩いてきた人物が、『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話 知的現場主義の就職活動』という本を初めて著した。

 その著者が、本には収めきれなかったトピックについて、隔週ペースで綴っていく当連載。初回のコラムでは、大学中退者の増加問題を取り上げ、驚くほど大勢の読者に恵まれた。

 今回は、そのフィードバック・コメントに対する思いを述べ、そして、大学生の学力低下が止まらない中、幾つもの大学で就職活動生向けのSPI(筆記試験と適性検査を組み合わせた選考ツール)対策講座が単位つきの正規科目となっている状況を紹介、考察する。

 まず、初回の拙稿を読んでくださった皆さんに、心から感謝申し上げます。コメント欄のご意見やご感想は、一つひとつ興味深く読ませていただきました。

 中退者増加を含む大学の危機は、あまりにも大きくて根深い構造的な問題ですから、すぐに抜本的な解決策が見つかるとは思っていません。それでも、大学内外の大人たちが、これから未来に向けて羽ばたこうとする若者をめぐって、何ができるのかを考え、意見を交えたことは大変意義深いと喜んでおります。

 その上で、少し気がかりな点があったことを正直に申しあげます。それは、「底辺校は要らない」「学ぶ意欲のない若者は大学に進学すべきではない」という論調が、思いのほか強かったことです。

 私はこんなふうに連想しました。おそらく中堅以下の大学に通う学生の多くは、こうしたオトナ側の厳しい視線をかなり敏感に感じ取っているのではないか。本来なら、「だからなんだ」と反発するぐらいの元気が欲しいところだが、昨今の若者にはそれがあまりない。反発するどころか、オトナの若者バッシングを真に受け、若者自身が自分に対してダメを出し、委縮しているようにも見える――。

実情に合わせた新たな枠組みと中身を

 学習意欲が低い学生の問題に対する私の主張は、前稿でも述べたように、「こうした層の若者は大学生になるな、ではない」のです。この学生層の実情に合わせた新たな枠組みと中身が大学教育に必要だということなのです。以下に、理由を3点挙げます。

1◆学生も「変わりたい」と思っているから

 たとえ大学広報の過剰に夢を見させる「白いウソ」、親からの「大学ぐらいは出ておけ」の声、本人の「まだ働きたくない」など様々な思惑が交錯した結果であったにせよ、最終的に大学進学を決めたのは学生本人の意志です。それがどんなに不純で希薄なものであったとしても、そこには大学教育に対しての「期待」も含まれます。

 新入生と話をすると、程度の差こそあれ、そう感じ取ることができるのです。だから、相変わらずの教育内容で、結果的に「期待」を裏切り、学生に閉塞感をもたらしている大学側が変わるべきだ、と私は考えます。

2◆大学には福祉的な意味もあるから

 下位校になるほど基礎学力の衰退は著しいものです。講座で新聞を輪読させても、少なからずの学生が漢字で口ごもり、見慣れぬ用語の詰まった文章に呆然としてしまう。1999年に『分数ができない大学生』という書籍が世間に衝撃を与えましたが、10年以上経った現在でも、ところによっては小学2年で習う筆算の怪しい大学生が普通にいます。

 そんな個々を相手に思うわけです。この若者を「自己責任」という言葉で大学外、つまり労働の世界へ放り出して良いのだろうか。大学を中退してしまったあと、人間としての尊厳を保てるような人生を歩むことはできるのだろうか。あるいは非進学者を今以上に増やしたところで、現在の高校の教育現場に、生徒を職業社会へ安定的に導いていくだけの力や環境はあるのだろうか。いずれの問いにも、私の答えはノーです。

 学力の面においても、対人関係の面においても、それ以外においても、人の発達には個人差があります。早熟な子もいれば、奥手もいます。他方、労働の世界では、仕事の高度化と複雑化がますます進むことでしょう。時代の流れに適応するため、もし個人の尊厳が奪われるような労働環境であれば抵抗するためにも、高校までの教育では身につきにくい知力や知識が必要です。そうした知の修得に、大学4年間は無視できません。

3◆大学は地域経済の屋台骨を支えているから

 Fランクの大学(不合格者数が少なすぎて入試偏差値の算出ができない大学や学部)は、どうしても人口減に喘ぐ地方において数多く出現してしまいます。しかし地方の大学には、家庭が経済的に苦しかったり、祖父母の介護の手伝いが必要だったり、訳あって大都市圏に出られなかった学生も少なからずいるのです。そうした若者に対して、高等教育への道を用意しておくことは社会システムとして重要だと考えます。

 また、全国区ではない地方大学の学生の主流は、地元企業に就職していきます。そうであれば、たとえ入試偏差値が低い大学でも、人材供給の面から期待されているのです。それをエリート層の養成機関とは呼べないかもしれません。しかし、そこの地域経済を支えるうえで必要な存在とは言えるでしょう。大学数の増加について優勝劣敗のルールだけで判断すると、どうしても地方にしわ寄せが生じやすく、問題があります。

 以上、言葉足らずの部分もあるかと思いますが、私が下層大学や下層大学生を切り捨てる論調に抵抗感を覚える理由です。でもしかし、皆様からいただいたコメントを拝読しながら、このような私の主張はなかなか通じないだろう、とも考えていました。

 大学は税金から少なくない補助金をいただき、運営しています。貴重なお金が学ぶ意欲のない学生の「時間潰し」と、教える気のない教員の「飯のタネ」に化けているとすれば、皆さんの怒りはごもっともです。また、高額な教育費を負担している親の心情に寄り添えば、「いったい何をしているんだ」との気持ちがよく理解できます。私もいまの日本の大学の在り方に、疑問を持っています。

 さて。本題に入ります。

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