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次は北朝鮮に触手?米国、中国包囲づくりへ全力

ミャンマーとの“取引成功”をモデルに

2012年1月24日(火)

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 変化が著しい朝鮮半島情勢を軸に、アジアの今後を読み解いていく。まずは、ミャンマーの「民主化」が、アジアで同じように孤立してきた北朝鮮に与える影響を考えてみよう。

 ミャンマーは国運をかけて米国と取引した。同国が「民主化」に動くと、米国は直ちに関係改善で応えた。日本も対ミャンマー投資に乗り出した。中国と深い関係にあったミャンマーは、一気に西側と撚りを戻すことに成功した。では、ミャンマーとよく似た境遇にある北朝鮮が、その手を使うことはないのか。

変身へ、3つの理由

 1962年以来、軍人が率いて来たミャンマー政府は2010年11月、反政府指導者のアウンサン・スーチー氏の軟禁を解いた。11年10月には政治犯を釈放。さらには野党の活動も認めたため、11月、同氏らが率いる国民民主連盟(NLD)が政治活動を再開した。

 ミャンマーの人権侵害・独裁を批判して経済制裁を主導してきた米国は翌12月、クリントン国務長官を同国に送って「改革への評価」を伝えつつ「政治犯全員の釈放」など、その徹底を求めた。

 ミャンマー政府はこれに応えた。12年1月、政治犯を大量に釈放したうえ、少数民族との和解を発表。すると今度は米国が「代理級」に格下げしていた大使の派遣手続きを開始、制裁解除にも動いた。日本も同月に枝野幸男経済産業相と経団連の代表を送り、経済関係強化に乗り出した。

 同国の専門家によると、ミャンマーの突然の変身の理由は3つ。まず、2010年末から中東・アラブ諸国で相次いだ長期独裁政権の崩壊だ。この波及をミャンマー政府は恐れた。

 次が中国による支配への恐怖だ。隣の大国である中国が援助の名目でインフラを整備したうえ商人を大量に送りこみ「第2の都市マンダレーなどは中国の一部と言って差し支えない」(西側外交官)状況だ。

 3番目が経済発展の出遅れだ。先発のタイから、最も遅れて開放に踏み切ったベトナムまで含め、東南アジア各国は先進国の投資を受け入れ急速に豊かになった。だが、西側の制裁対象となったミャンマーだけが昔ながらの農村国家として取り残されている。

北でも高まる政権への反感

 この3点は北朝鮮の政権が直面する難題と全く同じだ。北でも政権への不満と反感は急速に高まり、住民と治安機関の衝突も起きている。恒常的な食糧不足のうえに2009年の貨幣交換を通じ、庶民はもとより党や軍の中堅幹部まで現金と預金を政府に召し上げられたからだ。貨幣交換を担当した担当大臣に責任を被せ、公開銃殺せざるを得なかったとされる。

 北朝鮮では組織的な反政府運動は確認されていないが、1990年代半ばの飢餓以降、闇市場で生計を立てる「市場勢力」が生まれ、潜在的な反政府勢力となっている。軍部隊による食糧略奪も日常化していると言われ、食糧暴動に端を発した中東の独裁政権崩壊劇は、北指導者の恐怖感を呼んだに違いない。

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「次は北朝鮮に触手?米国、中国包囲づくりへ全力」の著者

鈴置 高史

鈴置 高史(すずおき・たかぶみ)

日本経済新聞社編集委員

1977年、日本経済新聞社に入社。ソウル特派員(87~92年)、香港特派員(99~2003年と06~08年)などを経て、04年から05年まで経済解説部長。02年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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