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「負けてらんねぇ!」生き残ったものの務めを果たす

地震で倒れたタンクのもろみは酒になるのか?

  • 伝農 浩子

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2012年2月15日(水)

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 悲劇は酒造りの最盛期に襲いかかった。

 農家が丹誠込めて米を作る。蔵人たちが心を合わせて酒を醸す。多くの人が、1年にわたってかけてきた努力が蔵で実を結ぼうとしていた。まさにその時、東日本大震災が起った。

「日高見 震災復興酒 希望の光」を手にする平孝酒造社長の平井孝浩さん。震災後、多くの激励が寄せられた。

 酒蔵には、酒を搾る前のもろみの入った何本ものタンク、搾ったばかりで出荷を待つ新酒、半年後まで寝かせる酒など、苦労と愛情の結晶で満ちていた。地震は、高価な大吟醸も、貴重な古酒も、その価値を問うことなく激しく揺さぶり、なぎ倒した。

 太平洋沿岸で酒を醸していた幾つもの酒蔵は、さらに過酷な試練に直面した。地震を追うように、津波、そして原発事故が襲いかかった。いつ晴れるともしれない不安が人々を包んだ。

 宮城県石巻市は、震災の被害が甚大だった地域の1つだ。ここに平孝(ひらこう)酒造がある。岩手県の菊の司酒造から分家して、文久元年(1861)年に創業した歴史ある酒蔵だ。5代目・平井孝浩さんに代替わりしてから約10年になる。南部杜氏の吉田啓一さんが、秋になると蔵人を引き連れやって来て酒造りの陣頭指揮を執る。

 平孝酒造を代表する銘柄は「日高見」だ。まだ、平井さんの父親が事業を仕切っていた1990年に、新たに開発した。当時の銘柄「新関(しんぜき)」は売り上げが伸びず、先が見込めなくなっていた。地元だけでなく、東京や日本全国でも売れる酒を造りたかった。

あまりの惨事に「負けられない」スイッチが入った

平井孝浩さん

 震災から1カ月たった2011年の4月上旬。石巻ではまだ、激しい余震が続いていた。町には瓦礫と汚泥が残り、震災直後から全く変わっていないと言っていいほど混乱していた。そんな時期にもかかわらず、平井さんは気丈にも活動を再開した。

 毎年4月に行なっていた単独試飲会を、予定通り4月6日に開催したのだ。全国のあらゆるイベントが中止や延期を余儀なくされていた。誰もが、とても今年は開ける状況ではない、と思っていた。しかし、平井さんは、「日高見」を支持してくれている常連の参加者に開催を知らせる電話を自らかけ、搾り終えたばかりの酒を携えて、会場である都内の酒販店に元気な姿を見せた。

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