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首相ブレーン機関の起源と運命の近衛文麿

敗戦への道と明治国家の終焉(前編)

  • 村井 哲也

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2012年2月20日(月)

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意思決定漂流の1930年代

 経済財政諮問会議を事実上の廃止に追い込んだのは、民主党の手痛い失敗だった。権力中枢に入らねば見えない風景がある。全体の意思決定システムのなかで、首相ブレーン機関はどんな「カラクリ」で動いてきたのか。見極めてから、廃止するなり代替機関を設置するなりすれば良い。構造改革派どうこうは、制度でなく人事の話だ。

 権限を持つ国家戦略局を設置すれば何とかなるという民主党の「制度幻想」はいただけない。だが、法令遵守が原則の官僚機構への威力はある。従って、当面は権限を持つ経済財政諮問会議を活用すれば良かった。「ねじれ国会」で国家戦略局が認められる見通しはない。

 その首相ブレーン機関は、明治国家における意思決定システムの漂流に起源を持つ。明治憲法によって分立的となっていた国家の諸機関を統合する元老は、西園寺公望1人となった。次なる統合主体の政党は、意思決定システムに大衆を組み込むことに失敗して自滅した。かくて1930年代は、矛盾が噴出し漂流の時代となった。

 元老も政党も、憲法に規定がない「非制度」的な存在だ。だからこそ、人的ネットワークを諸機関に張り巡らせることで矛盾を覆い隠して来た。その両者が衰退すると当然、「制度」的な首相権限の強化の声が強まる。橋本龍太郎による内閣機能の強化や小泉純一郎による官邸主導の動きは、1990年代からの自民党の漂流が要因だ。

 当時の推進力は、「国家革新運動」を掲げた陸軍中堅層だった。第1次大戦の「国家総力戦」に衝撃を受け、山県閥の世代を時代遅れとし、政党政治を激しく批判した。東條英機もその系譜に入るが、これに軍需生産を担う岸信介ら経済官僚が接近して台頭した。この「国家革新運動」から生み出されたものこそ、首相ブレーン機関だった。

 ただし、首相ブレーン機関の設置だけで矛盾は覆い隠せない。そんな「制度幻想」は通じない。藩閥元老の「超然主義」も政党勢力の「政党内閣主義」も潰えたいま、「天皇大権主義」が復活した。分立した諸機関を統合する唯一の憲法的存在は天皇大権だからだ。

 しかし、天皇・宮中の周囲は西園寺が固めて容易に手が出ない。そこで登場したのが、最も「近」くで天皇家を「衛」る五摂家筆頭の家柄の政治家だった。そして、時代の寵児は過剰な期待とともに明治憲法の矛盾に巻き込まれていく。近衛文麿、悲劇の運命の始まりである。

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