東日本大震災の直後、東北3県――岩手県、宮城県、福島県――に人々の関心が集中した。これに対して茨城県は、被害が大きかったにもかかわらず、その悲惨さが大きくは伝えられなかった。
横山大観の愛した酒を大谷石造りの蔵で醸す

「今年の米(2011年産)はいいですよ!」
茨城県北部の日立市にある森島酒造の専務、森嶋正一郎さんはうれしそうに話す。
2010年の米は暑さのために硬めだった。日本酒は幾つもの工程を経て造るので、材料の状況が悪くても、それに対応した造りをして「求める酒」に仕上げる。杜氏はそのための知識と技術を持っている。酒の出来の善し悪しを米のせいにはしない。だが、米が良いのはやはりうれしいことだ。
森島酒造は、1869年の創業。海岸線から直線で約30メートルの距離にある。県内で最も海に近い酒蔵だ。川尻港も近い。自宅兼酒蔵のある敷地を通り抜けて裏通りに出ると、海がすぐそこに見える。森嶋さんは「海はこどもの頃から遊び場だった」と話す。
日本画の大家、横山大観が愛飲したことにちなんで改名した森島酒造の酒「大観」は、コクと旨味がありながら辛口。酒好きが喜ぶ酒だ。
地元の消費だけでもやっていけた。だが、東京農業大学を卒業し、滋賀県の蔵で修行を終えた森嶋さんは7年前に蔵に入り、「さらに上を目指そう」「全国で飲んでもらえる『大観』にしたい」と志した。大観を広く知ってもらうため日本酒の協会に加盟し、販売ルートを開拓した。同協会が毎年、東京や大阪、札幌などで開く試飲会に参加するためだ。近年は、海外で開かれる品評会にも積極的に参加し始めていた。
600坪の敷地には、この酒蔵のシンボルとも言える大小2棟の大谷石造りの蔵が堂々と建ち並ぶ。蔵を大谷石にしたのは、火災に強いことと、酒造りで重要な温度管理がしやすいからだ。杜氏や蔵人など7人と、営業を兼ねる森嶋さんとで700石(12万6000リットル)の酒を醸している。
次第に激しさを増す揺れに命の危険も感じた
東日本大震災は「大吟醸原酒・本生かすみ酒」の発送作業をしている時に起きた。大吟醸の中でも、搾り始めに取る薄にごりの酒だ。楽しみに待つ大観ファンのために、ラベルを手張りして蔵から直送する。

テーブルの上にあった80本ほどがカタカタと揺れ出した。テーブルを押さえるが、揺れは大きくなるばかり。瓶が倒れて床に落ちた。森嶋さんは「建物が崩れる」と身の危険を感じて庭に飛び出した。庭石や植木につかまっていないと足元が定まらないほどの揺れだった。表塀が見事なまでに崩れ落ちた。だが、恐怖と混乱のあまり、その音にも気づかなかった。
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