「敗れざる酒蔵たち」

酒は生き残った! しかし、買う人がいない!

得意先も被災、消費者の目は東北だけに

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2012年2月22日(水)

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 東日本大震災の直後、東北3県――岩手県、宮城県、福島県――に人々の関心が集中した。これに対して茨城県は、被害が大きかったにもかかわらず、その悲惨さが大きくは伝えられなかった。

横山大観の愛した酒を大谷石造りの蔵で醸す

専務の森嶋正一郎さん

 「今年の米(2011年産)はいいですよ!」
 茨城県北部の日立市にある森島酒造の専務、森嶋正一郎さんはうれしそうに話す。

 2010年の米は暑さのために硬めだった。日本酒は幾つもの工程を経て造るので、材料の状況が悪くても、それに対応した造りをして「求める酒」に仕上げる。杜氏はそのための知識と技術を持っている。酒の出来の善し悪しを米のせいにはしない。だが、米が良いのはやはりうれしいことだ。

 森島酒造は、1869年の創業。海岸線から直線で約30メートルの距離にある。県内で最も海に近い酒蔵だ。川尻港も近い。自宅兼酒蔵のある敷地を通り抜けて裏通りに出ると、海がすぐそこに見える。森嶋さんは「海はこどもの頃から遊び場だった」と話す。

 日本画の大家、横山大観が愛飲したことにちなんで改名した森島酒造の酒「大観」は、コクと旨味がありながら辛口。酒好きが喜ぶ酒だ。

 地元の消費だけでもやっていけた。だが、東京農業大学を卒業し、滋賀県の蔵で修行を終えた森嶋さんは7年前に蔵に入り、「さらに上を目指そう」「全国で飲んでもらえる『大観』にしたい」と志した。大観を広く知ってもらうため日本酒の協会に加盟し、販売ルートを開拓した。同協会が毎年、東京や大阪、札幌などで開く試飲会に参加するためだ。近年は、海外で開かれる品評会にも積極的に参加し始めていた。

 600坪の敷地には、この酒蔵のシンボルとも言える大小2棟の大谷石造りの蔵が堂々と建ち並ぶ。蔵を大谷石にしたのは、火災に強いことと、酒造りで重要な温度管理がしやすいからだ。杜氏や蔵人など7人と、営業を兼ねる森嶋さんとで700石(12万6000リットル)の酒を醸している。

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森島酒造は大谷石造りの酒蔵を大小2つ持つ。そのうちの大きな蔵(左)。蔵の内部。奥が醸造室になっている(右:森島酒造提供)。

次第に激しさを増す揺れに命の危険も感じた

 東日本大震災は「大吟醸原酒・本生かすみ酒」の発送作業をしている時に起きた。大吟醸の中でも、搾り始めに取る薄にごりの酒だ。楽しみに待つ大観ファンのために、ラベルを手張りして蔵から直送する。

表の塀が崩れ落ちた(森島酒造提供)

 テーブルの上にあった80本ほどがカタカタと揺れ出した。テーブルを押さえるが、揺れは大きくなるばかり。瓶が倒れて床に落ちた。森嶋さんは「建物が崩れる」と身の危険を感じて庭に飛び出した。庭石や植木につかまっていないと足元が定まらないほどの揺れだった。表塀が見事なまでに崩れ落ちた。だが、恐怖と混乱のあまり、その音にも気づかなかった。

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著者プロフィール

伝農 浩子(でんのう・ひろこ)

音楽雑誌編集部、編集プロダクションを経てフリーランスに。
『るるぶ情報版』『地球の暮らし方』などの国内外のガイドブックに携わる。
取材やプライベートで訪れた国や地域は約40カ国以上。
著書は『ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方』(JTBパブリッシング)、『ミス・ポターの夢をあきらめない人生』(徳間書店)ほか。
日経ビジネスオンラインで「東北の地酒を絶やすな」、nikkeiBPnetにて「日本の伝統を継ぐ外国人たち」「ニッポンを伝える人たち」を連載。
日本酒に関わる人たちのインタビューも行なってきた。
現在は日経BP社「復興ニッポン」のほか、ウェブサイトやPR誌などに執筆中。



このコラムについて

敗れざる酒蔵たち

東日本大震災は、太平洋岸で実直に酒を醸していた酒蔵を直撃した。津波がすべてを流し去った酒蔵もある。その光景は、蔵の主たちの夢に幾度も繰り返し訪れ、安らかな眠りを脅かした。自粛と風評被害という苦難が、それに追い討ちをかけた。一度は肩を落とし、心も折れそうになった。
だが、彼らは歩みを止めることはなかった。そして、酒造りの季節が再び訪れた。酒を醸す喜びを噛みしめる男たちを訪ねた。

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