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第3回 職を辞して覚悟を決めた私と失われた駅

2011年6月13日(月) 岩手県上閉伊郡大槌町にて

2012年3月9日(金)

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 「あそこに駅があって、私の家はすぐそこにありました」
 カンバスを広げていると、背広を着た紳士が通りかかり、そう声をかけていった。被災地の絵を描いている人を見るのは初めてだと言う。

 私自身、以前働いていた会社を6月11日付で退職し、被災地の絵を描き続ける活動に本格的に取り組む覚悟を決めた。その直後にこの地を訪れた。

 それでも、砂ぼこりがたつ更地に伸びる曲がったレールを見ても、まだ何が起きたのかは理解できなかった。

「消/吉里吉里」(岩手県上閉伊郡大槌町)

 今回の震災で沿岸の道路や鉄道は破壊され、多くの集落が陸の孤島となった。
 仙台への旅行中に被災した友人は、その惨状を見て東京までの帰路を自転車で帰ろうと思ったという。
 これが被災地の中での交通に多大な影響を及ぼしたのは間違いない。それどころか、外部から被災地への物流を阻む障害ともなった。

JR山田線大槌駅前(2011年6月)

 そんな中でコンビニエンスストアはいち早く営業を再開し、もちろん最初は品ぞろえが十分ではなかった。それでも、食糧を確保するという点で大いに役立った。

 ボランティアや作業者の大半が盛岡や北上、一関などの宿から150kmもの距離を往復していた。線路は寸断されて鉄道は機能していない。橋が流され、道路がでこぼこになった中で、この距離を移動するには通常よりも時間がかかってしまう。それがまた現地支援の妨げとなっていた。

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