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インカ帝国の拡大はミイラのしわざ!?

国立科学博物館・人類史研究グループ(1)

2012年3月9日(金)

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DNAを分析すると、生物の進化の歴史をたどることができる。それは人間でも同じこと。人間の細胞にある「ミトコンドリアDNA」というモノを扱って、インカ帝国のミイラや日本人の古い人骨などからそのルーツを解明しつつ、人類の歴史や「人間とは何か」を問い続ける篠田謙一先生の研究室に行ってみた!

 各者一様に、膝を抱え、肘を曲げている。

 手首や肘のあたりを縄で縛られ、おそらくは足も同様だと思われる。

 全員、皮膚はきれいに残っており、髪の毛は剃られている。歯は実に保存状態がよさそうだ。

 ムンクの有名な絵画「叫び」を思わせる表情にはぎょっとさせられるが、死後硬直で咬筋が固まってしまったせいで、実際にこのような表情で苦悶しながら息絶えたわけではない。

2011年4月号「インカ 気高き野望」に掲載されたチャチャポヤ地方のミイラたち。国立科学博物館の「インカ帝国展」のためにその一部が「来日」する。(c)Robert Clark/National Geographic Stock
眼球が残るミイラ。撮影:義井豊《ミイラ》 15~16世紀 レイメバンバ博物館

 ある者の、落ちくぼんだ眼窩の奥には、眼球がそのまま乾燥して残っている。眼球は乾燥する過程ですぐに潰れてしまうので、これはとても珍しい。

 バードキャッチャーという「個人名」で呼ばれる者は、鳥を捕らえる網を持っており、生前そのような職業だったのだろうと推測される。同時に、耳飾りができるよう耳を大きくしていることから、インカ帝国のオレホン(貴族)だったのではないかとも言われている。

 以上、15世紀末から16世紀初頭、つまり500年ほど前に、インカ帝国末期の版図(はんと)だった北部アンデス高地、コンドル湖周辺に住んでいたチャチャポヤ人の墓地に埋葬されていたミイラだ。発見されたのは1996年とつい最近である。

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「インカ帝国の拡大はミイラのしわざ!?」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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