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薄熙来の毛沢東回帰政策の背景にある深刻な経済格差

その1:重慶市の王立軍事件と薄熙来の巻 後編

2012年3月14日(水)

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 ではなぜ胡錦濤は、ここまで回りくどい手法を講じなければならなかったのか。

 それは文化大革(文革)を総括し(1976年)、改革開放を始めるに当たって(1978年12月)、毛沢東路線を完全には否定しなかったことに遠因の一つがある。

 日本が敗戦を迎えた後、もしアメリカが天皇制を廃止していたら、アメリカの統治はうまくいかなかっただろう。基本的状況は異なるにせよ、類似のものがある。それまでの中国の国民にとって、毛沢東は神であり、毛沢東のためなら命を捧げることが名誉なことだった。恐怖の中にあってもなお、毛沢東を尊敬していた。

 したがって文革総括の中で、鄧小平は「毛沢東の晩年の過ち」だけは指摘したものの、毛沢東そのものを否定することはしなかった。何と言っても建国の父、革命の指導者だ。それを否定したら、中国は絶対に統治できず、改革開放は前に進まなかっただろう。そこで中国共産党の党規約の中に、「マルクスレーニン主義」と並べて「毛沢東思想」を党の指針として残したのである。

 したがって「毛沢東思想」を叫ぶことは国民の正当な権利ということになる。

 そのため一般庶民の中には、今もなお「毛沢東万歳!」を叫んでいる者たちがいるのである。例えばウェブサイト「烏有之郷」はその一例だ。彼らは薄熙来の「唱紅」運動を後ろ盾として勢いづいている。そして「毛沢東」と「薄熙来」を一つにして「薄沢東」という新しい名前をつくり出し、毛沢東回帰への新たな動きを見せていた。毛沢東時代に数多くあった「毛沢東讃歌」と同じように「薄熙来讃歌」までネットに現れている。その画像は、ユーチューブに相当する中国の「優酷」(ユークー)で見ることができる。薄熙来がこれを指示したのか否かは分からない。

 鄧小平は文革の総括として、「個人崇拝」を禁止する指示を出している。その「個人崇拝」の時代に、逆戻りしようとしているのである。

 それを実感するために、ご興味のある方は、ぜひともこの「優酷」にアクセスしてみてほしい。北朝鮮における、これまでの金正日(キム・ジョンイル)総書記宣伝をテレビでご覧になった方もおられると思う。あのムードを想像すると理解しやすいかもしれない。

 いまだに毛沢東を奉じる人たちは少なくなく、とにかく熱い。だから胡錦濤としては、表立った手段を取って彼らを刺激することをしたくないのだろうと思われる。

庶民の赤いノスタルジーを刺激してはならない

 それに庶民の間には、貧富の格差に対して激しい不満を抱く者が数多くいる。「平等に貧乏だった」毛沢東時代を懐かしむ者が、かなり前から現れ始めていた。毛沢東のアクセサリーやマスコットが売れるようになったし、最近では高齢者たちが公園に自然に集まって「赤い歌」を歌うようにもなっている。歌いながら感動して涙ぐむ高齢者の姿も散見される。「毛沢東万歳!」を叫んでいた青春の思いに涙する人もいれば、その自分を愛おしむ人もいるだろう。「中国が豊かになったのはいい。だが、こんな格差社会を生むために、あの日々はあったのか」というやりきれない思いを多くの民が共有している。

 中華人民共和国(新中国とも呼ばれていた)を誕生させるための革命戦争を経験した筆者には、その気持ちがひしひし伝わってくる。新中国が誕生する前の1947年から48年にかけて、当時の俗称で八路軍(はちろぐん)と呼ばれていた中国共産党軍は、筆者が住んでいた吉林省長春市を食糧封鎖した。その時、30万ほどの庶民が餓死した。その中に私の家族も含まれていた。その長春を脱出する途中で、筆者は餓死体の上で野宿し、あまりの恐怖に記憶喪失になった経験がある(詳細は『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』の終章に)。

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「薄熙来の毛沢東回帰政策の背景にある深刻な経済格差」の著者

遠藤 誉

遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

筑波大学名誉教授

1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士。中国で国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、日本では内閣府総合科学技術会議専門委員などを歴任。2児の母、孫2人。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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