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タイ復興の本当の主役

現地人に救われた日本企業

2012年3月9日(金)

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 タイで本格的な復興、復旧作業が始まっている。震災、洪水と相次ぐ大規模災害に打ちひしがれる日本企業。そこから復興への活力を与えてくれたのは、現地のタイ人だった。

 「今振り返ると、まるで夢のようだった」

 バンコク北部のロジャナ工業団地。いまだ大洪水の傷跡が癒えない工場の中で、オムロンオートモーティブエレクトロニクスのタイ現地法人、山戸雅貴社長は昨年10月を振り返る。

 10月10日の早朝に始まった浸水は、みるみる水かさを増し、あっという間に同社の2工場を飲み込んだ。生産設備の大半は1階にあり、大部分が損壊。中には新商品の立ち上げのために、1カ月前に導入したばかりのものもあった。

 ただちに日本での代替生産を決めたオムロンだが、そのためには水に浸かった工場内に入り込み、2階に保管してある材料を取り出して日本に送らなくてはならない。ところが、2階の通用口は内側から鍵を開けなければ開くことができない。1階部分は天井付近まで水が押し寄せている。

危険を顧みず水中へ

 ボートで工場まで辿り着くことはできたが、山戸社長ら日本人従業員は何もできず立ち尽くしていた。すると、同行していたタイ人の従業員が危険も顧みずに水の中に飛び込んだ。泳ぎながら工場に入り、その従業員は2階になんとか辿り着き、閉ざされていた通用口を内側から開いた。

オムロンオートモーティブエレクトロニクスのタイ工場は、現地従業員の奮起で復旧が進められた

 その後も、一向に引かない水の中、即席で作ったイカダをモーターボートで牽引し、材料の在庫を繰り返し運び出す作業が続いた。一度に運べる量はパレットで3~4個分程度。それを1日3往復する作業で1カ月後にすべての在庫を日本に送り出した。

 「みんなヘトヘトになりながら、それでもやってくれる。作業にはただただ感服する」。困難のさ中にあって、山戸社長の言葉には深い感慨がにじむ。

 オムロンに限った話ではない。タイ洪水で被災した日本企業を訪れるたびに、こうしたエピソードが切りもなしにあふれ出してくる。

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