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小沢一郎の「改造計画」は田中派支配を終焉させたのか

政権交代という「坂の上の雲」(前編)

  • 村井 哲也

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2012年6月15日(金)

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古典芸能化した日本政治

 古典芸能の域に達した政局で消費税国会が盛況だ。

 野田佳彦首相は野党との修正協議のヤマ場を迎えたが、これに反発する小沢グループの造反が誰しも待ち遠しい。メディア報道までお決まりの型で、いったい何が日本政治の焦点なのか全体像は見えにくい。どの古典芸能も、発端は最先端の流行だった。

 1993年の政治改革から16年、日本政治は田中派支配の否定に明け暮れた。国民もまた、ひたすら2009年の政権交代という「坂の上の雲」を目指して駆け抜けた。その発端こそ、田中派支配に代わるべき意思決定システムを掲げた小沢一郎の「改造計画」に他ならない。

 小沢は、師・田中角栄を「戦後政治の生んだ傑物」としながら、その政治は理念先行でなく現実の枠内での利害調整に過ぎなかったとする(前回)。高度成長の波に乗り、確かに田中は「共存共栄」の意思決定の原型を築いた。これを「決断」できない元凶と批判したのだ。

「戦後体制の中の一人だったということです。その時代はそれでいいんです…けれども、体制を壊そうとした人ではない。僕は体制そのものを変えようとしている。だから、僕にとっては反面教師なんです」。

 当時のメディア報道は流行に敏感だった。田中派支配を、否定すべきボトムアップとコンセンサスの意思決定と書き立てる。時に憎悪しながらも、小沢の見立てに乗ったのだ。だが、首相時代の田中は、皮肉にも後の社会保障制度の破綻を予言しつつこう述べている。

「これからは社会保障を拡大しようというわけだ。社会保障拡大の金は天から降ってこない。土の中に金鉱がある訳ではない…経済を拡大していく以外にないし、それでないと社会保障は拡大できない」

 半永久的な高度成長を前提に、量的な拡大で解決する。田中自身の「共存共栄」は、圧倒的な物量で全てを包括せんとする猛々しいものだ。そう言えば、田中政権は「決断と実行」が売りだった。ボトムアップとコンセンサスの田中主犯説は、歴史の後づけではないか。

 強烈な流行は持続する。持続すればマンネリとなる。マンネリ化すれば歴史の後づけで生き残る。古典芸能化のサイクルだ。改造計画や政局報道は、発端当時の全体像を見失う。改めて16年の歴史を紐解き、古典芸能を再定義すべき時だ。そこから、田中でさえ否定した「土の中の金鉱」をアテにした背景も見えてくるに違いない。

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