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東京のアパートを引き払い、南相馬で暮らして見えたこと

チェチェンと重なる被災地を悲劇の象徴にしたくない

  • 菊池 由希子

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2012年7月25日(水)

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 5月中旬、私はイスタンブールで開かれた北コーカサス国際会議に招かれていた。チェチェンの人権問題についての発表をしないといけないのだが、私は前日まで原稿が書けずにいた。なぜなら、私の心はこの一年、ずっと東北にあったからかもしれない。

 イスタンブールへ旅立つ前に、私は東京で借りていたアパートを引き払った。そして、帰国後は、南相馬市内の福島原発から20.5キロ地点で生活を始めた。旧警戒区域は歩いてすぐのところにあり、裏手には津波で被災した地域が広がっている。震災前まで見えなかった海が国道沿いからも見えるくらい、広大なエリアが被災していた。

南相馬市原町区津波被災地を国道6号線から撮影。震災前は国道から海は見えなかったが、今では見えるようになった

 一年前はまだ、がれきでいっぱいだったけれど、今ではすっかり片付いてしまった。日中は作業をしている重機の音がうるさいが、その音のせいで、私は以前、足しげく訪れていたチェチェンへと引き戻されたかのような気分を味わう。ちょうど私がチェチェンに通っていた頃は、街の復旧作業のために、至る所を工事していた。あまりにも工事の音がうるさいので住民は「爆撃より今はこの工事の音で疲れてしまう」とうんざりしていた。ここ、南相馬では被災エリアに人が住んでいるわけではないので、騒音は生活の邪魔にはならない。

 被災エリアには至る所に石が置かれている。その光景を見ると、なんとも言えない切ない気持ちになる。人が住んでいたことを感じさせる跡形がなくなっていても、ここに亡くなった方の家があったのだということを石が教えてくれる。中には、津波の塩害に負けるものかと、被災エリアに野菜を植えている人もいる。空間放射線量は毎時0.1~0.2マイクロシーベルトと、ここが原発から20キロほどしか離れていないことを考えると極めて低い(記事中の線量は、すべて私が持っているガンマ線線量計で測ったもの)。

南相馬市原町区津波被災地域。家があったところに石を積み上げ、亡くなった方を供養している

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