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幻の五輪スポンサー、ソニー

「TOPプログラム」、苦難の誕生物語

2012年7月24日(火)

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 スイス・ローザンヌ、レマン湖のほとりにある「シャトー・ド・ビディ(ビディ城)」。国際オリンピック委員会(IOC)が本部を置くこの建物の鍵は、オリンピック精神の守護者の象徴として、総会で選ばれた歴代の会長に託されてきた。第7代会長のフアン・アントニオ・サマランチ氏が前任のキラニン卿からこの鍵を受け取った1980年、五輪は疑いの余地なく存亡の危機に瀕していた。

 72年のミュンヘン五輪ではパレスチナ武装勢力によってイスラエルの選手ら11人が犠牲になるテロが発生。76年のモントリオール五輪は警備費の増大などで過去最大の12億ドルの赤字を計上し、地元自治体はその後、借金の返済に30年近くを要した。五輪の開催そのものがリスクとみなされるようになり、84年のロサンゼルス五輪の開催地の選定にあたっては競合する候補地が最後まで現れなかった。

 そして東西冷戦下の80年にモスクワで開かれた夏季五輪。前年のソ連によるアフガニスタン侵攻に反発する西側諸国が集団ボイコットを決めたことで、五輪のイメージは一段と傷つけられる。この苦難の時代にIOC会長を務めたキラニン卿が退任直前のモスクワ五輪閉会式で「ホロコースト(大量虐殺)が訪れる前に、世界のスポーツ関係者は結束を」という悲痛な呼びかけを行ったのは、今も語り草になっている。

財源確保へ、スポーツビジネス界の大物を起用

 モスクワ五輪閉会後、極めて困難な状況でIOC会長に就任したサマランチ氏がまず取り掛からなければならなかったのは、財政の立て直しだった。就任直後、それまでほぼ唯一の収入源だった放映権料に代わる新たな財源を検討する専門組織を発足。各国のNOC(国内オリンピック委員会)などに任せきりだったスポンサーの獲得にIOC自ら本腰で乗り出すことになった。

 ただし、当時のIOCには権威はあっても実務の経験は乏しく、総務部門の職員がスポンサー探しに借り出されるなど、人材不足も深刻だった。サマランチ氏が頼みとしたのは、スポーツ用品ビジネスを通じた人脈によってIOC会長選に強い影響力を持ち、大型スポーツイベントの運営にも詳しかった独アディダス社長のホルスト・ダスラー氏だった。

 ダスラー氏らは日本の大手広告代理店、電通とアディダスの共同出資で設立したスポーツマーケティング会社のISLを通じ、それまで各NOCが国や地域別に集めていたスポンサーの整理・再編に着手する。特にグローバルなマーケティング活動が見込める製品カテゴリーについては、IOCが企業と直接交渉することを推進。五輪ブランドを世界中で利用したいと考えていた企業にとって、交渉手続きを簡素化できる画期的なアイデアだった。

 「TOP(The Olympic Partner)」と呼ばれるこのマーケティングプログラムの参加企業には夏と冬の大会を含む4年間の契約期間中、特定の製品カテゴリーにおいて五輪マークやマスコットを使った世界規模のマーケティング活動が認められるほか、各大会の組織委員会などに自社製品を納入する優先交渉権も与えられる。この「1業種につき1社のみ」という独占性がその後、TOPスポンサーの座を巡る幾多のドラマを生み出し、企業のシェア争いを左右してきた。

 ただし、五輪最上位のTOPスポンサーであっても、競技会場内に広告の掲出が許されるわけではなく、五輪ブランドをどのように自社のマーケティング活動に生かすかは、各スポンサーの手腕にゆだねられていた。企業名などの露出機会の提供を柱とするそれまでの広告ビジネスとは性格が全く異なるTOPプログラムは当初、なかなか企業の理解を得ることができなかった。80年代から五輪ビジネスに携わってきた電通・IOC事業課の北村由実部長は「IOCの中にさえ、TOPプログラムがうまく行くと信じていた人はほとんどいなかった」と振り返る。

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「幻の五輪スポンサー、ソニー」の著者

白石 武志

白石 武志(しらいし・たけし)

日経ビジネス記者

日本経済新聞社編集局産業部(機械グループ)、京都支社、産業部(通信グループ、経営グループ)を経て、2011年から日経ビジネス編集部。現在は通信、半導体、家電業界などを担当する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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