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「中学が窮屈だったから自由で私服の高校を選んだ」

両親の影響を強く受けた幼少期、そして自由に憧れた中学時代

2012年8月23日(木)

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 グローバル化が重要なキーワードとなっている昨今では、大学はもちろん高校から海外で学ぶことも決して珍しいことではなくなっている。しかし、1980年代に高校、大学時代を過ごした同年代から見れば、この時期に親の転勤などの事情もなく海外で学ぶという選択をするのは極めて異例だと言えるだろう。

今年4月、「Googleアートプロジェクト」を記念して、東京国立博物館でテープカットに臨むグーグルの徳生健太郎・製品開発本部長(写真右)。同プロジェクトは美術作品の高解像度画像や美術館内の360度画像をインターネット上で見られるサービスで、国内の美術館・博物館が初めて参加した(写真:中川 真希子=日経パソコン記者)

 しかも東京大学の合格者数で全国でも10本の指に入る国立の進学校に入学しながら、3年の1学期にわざわざ中退して渡米した。それが、グーグルの日本法人、グーグルジャパンの最高幹部の1人、徳生健太郎である。

 ボストンの寮制の高校、さらにはコーネル大学、スタンフォード大学大学院を経た彼は、シリコンバレーのベンチャー企業を経て2003年、グーグルに入社した。40代でグーグルのようなIT(情報技術)の最先端企業で製品開発の最前線を担っている日本人は、ほとんどいない。

立場が逆転した1980年代の日本の狂騒と米国の窮状

 1980年代の日本は、日経平均株価が3万8915円という史上最高値をつける1989年末に向け、経済を拡大し続けた。当時、世界の株式時価総額のランキングには、日本企業がずらりと上位に並ぶ。東京・JR山の手線の内側にある土地と同じ価格でアメリカ全土が買えると言われ、アメリカの象徴の1つであるロックフェラーセンターを日本企業が買収し、世界中で日本脅威論が高まった。

 エズラ・ヴォーゲルの著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(阪急コミュニケーションズ)などの書籍がベストセラーとなり、日本は飛ぶ鳥を落とす勢いで、その存在感を世界の中で高めていく。

 一方で、アメリカ経済は低迷。記録的な財政赤字が危惧され、失業も増大。80年代のアメリカは、有名な都市部ですら街のあちこちが穴ぼこだらけで、治安も悪く歩くのも怖かった、と語る人は少なくない。徳生がアメリカに渡ったのは、まさにそんな時期だった。

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「「中学が窮屈だったから自由で私服の高校を選んだ」」の著者

上阪 徹

上阪 徹(うえさか・とおる)

ライター

リクルート・グループなどを経て、95年よりフリーランスのライターに。経営、金融、就職などをテーマに雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がける。インタビュー集に『プロ論。』ほか。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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