• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

異端を生む土壌となった筑波大附属の“意外”な校風

自律が求められた自由放任の日々を一緒に過ごした仲間たち

2012年9月13日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

前回から読む)

 1980年代後半に日本に空前の好景気をもたらしたバブルが生じる発端となったといわれる1985年9月のプラザ合意。日米貿易摩擦が激化し、そこに至る過程にあった前年の1984年。アメリカでロサンゼルス五輪が開かれたこの年に、グーグル日本法人の“顔”として活躍する徳生健太郎は、国立筑波大学附属高校に入学した。

 彼は高校3年の6月にこの高校(東京都文京区)を中退するが、それまでは同校での学生生活を相当にエンジョイしていたという。

 「こんなに面白いところがあるのか、と思っていました。毎日、学校に行くのが楽しみでしたね」

 実はこうした徳生の反応には、中学時代の反動も大きかった、と語るのは、徳生の弟で後にグーグルにも入社する3歳年下の徳生裕人だ。

 「公立小学校からそのまま上がった公立の中学校が、本当に厳しい学校だったんです。要領の良さはあったものの、優等生タイプで真面目だった兄には相当に窮屈だったようです。だから、全く正反対の自由な校風を持つ高校を選んだのだと思います」

 裕人は兄の影響からか、小学校で中学受験をして麻布中学に進学する。その後、麻布高校を経て東京大学に進み、総務省に入省。同省に勤務している間に、兄も卒業した米スタンフォード大学のビジネススクール(経営大学院)でMBA(経営学修士号)を取得する。

 後に兄に誘われて入社したグーグルではサンフランシスコ郊外のサンブルーノでユーチューブの携帯電話版を担当した。その後、2011年に退職し、現在はインターネット上で翻訳サービスを提供するベンチャー企業、Gengo (ゲンゴ、東京都渋谷区)に加わり、同社のマーケティング バイスプレジデントを務めている。

進学校の典型とは異なった筑波大附属での学生生活

 ここまで読まれて「自由」という言葉に違和感を抱かれる方も多いかもしれない。筑波大附属は初回でも紹介したように東京大学の合格者数ランキングで上位に常に名を連ねる全国有数の進学校である。こう聞けば、ステレオタイプに頭に浮かんでくるのは、ガリ勉タイプの高校生たちがひたすら勉強に向かっている姿であろう。

 もちろん実際には、大して勉強もせずに東大に入学していく驚くほど地頭のいい高校生たちも少なからずいるのが現実ではある。しかし、大学にエスカレーター式に進むことはできない高校で「自由」という言葉が出てくるのは、かなりのギャップがあるはずだ(筑波大学附属高校は筑波大学の附属校ではあるが、そのまま同大学には進学できない)。

 もっといえば、取材を進めていく過程で、さらなる違和感を覚えることになった。これも極めてステレオタイプではあるのだが、一流大学にたくさん卒業生を輩出している高校と聞けば、恐らく在校生たちの多くが目指しているのは、一流大学を経て官庁へ、あるいは日本を代表する一流企業に入社するという単純な目標だと思い込んでいたのである。

 だが、実際には、筑波大附属高校の生徒たちは、必ずしもそうではなかった。もちろん、ひたすら東大をはじめとする一流校を目指そうしていた生徒もたくさんいた。だが、とりわけ徳生の周りには、多様な価値観を持つ仲間たちがいた。卒業生の大学卒業後の進路には、官庁や大企業、さらには医師や弁護士、会計士などの専門職が並ぶ一方で、外資系企業など、バブル直後の当時としては意外な名前もたくさんあったのである。

コメント3件コメント/レビュー

大学時代にこの学校の卒業生が周りに何人かおり、すばらしいということは認識し、まぶしく思っていた。しかし、そのような学校を選択できる大都市圏ならいざしらず、地方の選択肢の限られた環境の出身である私には非現実な夢物語と、当時は考えた。今また、地方で子を持つ親となりこの記事を読んで当時を振り返り、何が自分の子に対してできるのか、見直そうと思い立った。振り返りの機会をいただき感謝する。(2012/09/13)

「グーグルで最も活躍する日本人の軌跡」のバックナンバー

一覧

「異端を生む土壌となった筑波大附属の“意外”な校風」の著者

上阪 徹

上阪 徹(うえさか・とおる)

ライター

リクルート・グループなどを経て、95年よりフリーランスのライターに。経営、金融、就職などをテーマに雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がける。インタビュー集に『プロ論。』ほか。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

大学時代にこの学校の卒業生が周りに何人かおり、すばらしいということは認識し、まぶしく思っていた。しかし、そのような学校を選択できる大都市圏ならいざしらず、地方の選択肢の限られた環境の出身である私には非現実な夢物語と、当時は考えた。今また、地方で子を持つ親となりこの記事を読んで当時を振り返り、何が自分の子に対してできるのか、見直そうと思い立った。振り返りの機会をいただき感謝する。(2012/09/13)

超エリート社会のレポートであるだけで、日本企業にしがみつくしか人生の選択肢のない凡人にとってはおとぎ話でしかないと思いました。(2012/09/13)

筑波大附属の雰囲気が特別なことのように書かれていましたが、これは、国立大学の附属、全てに共通することではないかと思って読みました。実際私も国立附属でしたが(筑附ではないです)、同じように、自由な校風、学校は勉強のサポートしない、多様な価値観がありました。それでいて、東大にもそれなりに入る。友人には、大学には行かず好きな道に進んだ者もいます。きっと、この方は、筑駒や、学附に行っていたとしても、同じ道を進まれたのではないかという気がします。(2012/09/13)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

店長や売り場主任などの管理職は、パートを含む社員の声を吸い上げて戦略を立てることが重要だ。

川野 幸夫 ヤオコー会長