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100歳現役サラリーマンの長~い社会人生活

福井福太郎さんが歩んだ日本の近現代史

2012年9月11日(火)

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 日経ビジネス2012年9月10日号では、100歳まで働かなければならない未来を想定した特集「隠居べーション」を掲載している。そこで紹介したのが、100歳の現役サラリーマン、福井福太郎さんだ。100歳という長い人生を共に振り返ることは、日本の100年を振り返ることにつながるだけでなく、今を読み解くカギにもなる。紙幅の都合で本誌には一部しか掲載できなかった、福井福太郎さんの1世紀を紹介する。

 大型ショッピングモール「湘南テラスモール」が2011年に開業して、平日もにぎわうJR東海道線辻堂駅。蒸し暑い盛夏の午後、大勢の乗降客の中に、全身をパリッとしたスーツに身を包んだ1人の老紳士の姿があった。慣れた手つきで通勤定期を自動改札機に「ピッ」とかざしながら、にこやかに出て来たその足取りは力強い。

辻堂駅に勤め先から戻ってきた100歳のサラリーマン、福井福太郎さん(写真:村田 和聡)

 この紳士、福井福太郎さんは今年5月、100歳になった。宝くじを委託販売する東京宝商会の顧問を務め、毎日辻堂から東京のオフィスまで通って働く「現役のサラリーマン」である。辻堂から神田のオフィスまで、快速電車と山手線を乗り継いで毎日の電車通勤。「70歳から働いている今の会社が、人生で一番長く務めていることになるよ」。そう笑う福井さんだが、100年の人生は、その穏やかな笑顔からは想像もつかないほど波乱に富んでいた。

 1912年(明治45年)5月、福井さんは東京・京橋に生まれた。まだ東京駅も開業しておらず、松下電器産業やトヨタ自動車も存在していなかった時代であり、「サラリーマン」という言葉も、今ほど一般的ではなかった。

 父の仕事は毛皮を扱う貿易商だった。事業は順調で、現在の東京・八重洲のブリジストンホールがある辺りに店舗を構えていた時期もある。豊かな親の元に生まれた福井さんだが、当時、社会情勢はきな臭いにおいが漂っていた。

格差拡大、慢性的な不況、就職難の中で大学進学

 福井さんが2歳の時、1914年(大正2年)には第1次世界大戦が勃発した。このころの日本は重化学工業による軍需景気に沸く一方、貧富の格差が広がっていた。本格的に日本経済が混乱していったのは、この後からだ。1920年には、東京株式取引所の株が大暴落。さらに大戦における反動などから日本は慢性的な不況に苦しみ続けることになった。深刻な不況が長引く中で、福井さんは10代の多感な時期を過ごした。

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「隠居べーション ~100歳まで働く時代がやってくる!?」のバックナンバー

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「100歳現役サラリーマンの長~い社会人生活」の著者

広野 彩子

広野 彩子(ひろの・あやこ)

日本経済新聞社NAR編集部次長

朝日新聞記者を経て日経ビジネス記者、2013年から日経ビジネス副編集長。日経ビジネスオンラインでコラムの執筆・編集を担当。入山章栄氏の著作『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』を担当。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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