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自由を満喫しクラスの中心にいた彼が中退した理由

寂寥感の中で突然に浮かんだアメリカという選択肢

2012年9月27日(木)

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 東京大学への合格者数で毎年上位に名前を連ねる国立筑波大学附属高校。1888年に高等師範学校の尋常中等科として創立され、当時は95年目に入っていた。その歴史をしのばせる古びた校舎。4月の暖かな陽光が降り注ぐ中、色とりどりの私服に身を包んだ10代半ばの男女が、希望に満ちた表情を浮かべ、校舎までのゆるやかな坂道をゆっくりと上っていた──。

 現在はグーグル日本法人の「顔」として活躍する徳生健太郎がこのコントラスト鮮やかなキャンパスで高校生活をスタートさせたのは、日本経済がバブルに足を踏み入れつつあった1984年。そこで彼は、個性的なクラスメートたちに出会う。前回はそのうちの何人かが、全国屈指の進学校の知られざる校風について語ってくれた。

 明けても暮れても受験勉強一色という典型的なイメージとはまるで異なる放任と言ってもいい自由な雰囲気の中で、徳生は仲間たちとともに高校生活を満喫していた。

受験一色だった中学で1人違った空気を漂わせていた

 その自由な雰囲気を、徳生は受験する時から強く求めていたようだ。千代田区立麹町中学校の同期生で、筑波大附属高校に進学した女性の証言を得ることができた。

 「中学は確かに窮屈でしたね。校則はものすごく厳しかったし、規律も問われました。しかも、学校が完全な受験体制を敷いていたんです」

 「いい高校に入るために」と、越境までして生徒が集まっていた中学校だっただけに、学校側も本腰を入れて受験をサポートしていたという。

 「科目別に、自分が学年で何番なのか、順位が分かるようになっていました。しかも、英語と数学は、習熟度別のクラス編成でした。夏休みの夏季講習も、上位の学校を狙える成績の生徒は、特別クラスに入れられたんです」

 この女性は、こうした上位クラスで徳生と一緒になった。

 「猛烈に勉強ができるガリ勉の生徒たちがずらりと揃っていましたが、徳生君は余裕があるように見えました。話をしていても、穏やかなんです。カリカリした雰囲気が漂い、親の期待を背負って必死に勉強している生徒が多い中で、1人だけ平然としていた印象が残っています」

 この受験一色の空気、あらゆる価値がそこに収れんしていくようなムードが、徳生はたまらなくイヤだったのだろう。だからこそ、東大合格者数では筑波大附属高校よりもさらに上に位置する高校に合格しながらも、彼は麹町中とは真逆の雰囲気を持つ同校に進んだ。

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「自由を満喫しクラスの中心にいた彼が中退した理由」の著者

上阪 徹

上阪 徹(うえさか・とおる)

ライター

リクルート・グループなどを経て、95年よりフリーランスのライターに。経営、金融、就職などをテーマに雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がける。インタビュー集に『プロ論。』ほか。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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