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「アナログ」なサービスを「デジタル」が支える焼肉店

生産現場から店舗まで徹底管理、大阪府の萬野屋・その1

2012年11月1日(木)

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 「おもろいほんまもんの焼肉屋」――。

 このようにうたっているのが、本物の肉を顧客に直球で提供する焼肉屋を目指し、大阪市内で6店を経営する萬野屋だ。

 幅広い層に人気のある焼肉。しかし、焼肉店の経営はここ10年の間、社会の動きに大きく振り回されてきた。

 2001年、国内でBSE感染牛が発見された。全頭検査が行われるようになったものの、その翌年に発覚した産地偽装も相まって、牛肉を扱う飲食店等の経営に大きな影響を与えた。その後、2003年には米国でもBSE感染牛が発見され、牛肉の輸入差し止めが行われた。ここでも多くの飲食店等で影響が出た。

 2011年になると、生ユッケ集団食中毒で死亡者も出て、再び焼肉店に大きな影響が出た。東日本大地震に伴う原子力発電所の事故により、福島県産の牛肉からセシウムが検出されたことも、消費に大きな影響を与えた。

 このような激動の市場環境の中にあって、萬野屋は店舗数を着実に増やし続けてきた。その背景には、顧客満足を高める努力に加え、よりおいしい方法で肉を生産し、その肉をより効率的に提供するための努力も続けてきたことがある。

あえて焼肉激戦区に1号店を出店

 萬野屋の源流は大阪市内にある精肉卸問屋である。1930年に創業し、株式会社萬野総本店として牛の屠畜、解体、卸から小売りまでを行ってきた。1986年に捌き職人でもあった2代目の先代社長が他界したとき、3人兄弟の末っ子だった萬野和成・萬野屋社長は百貨店や食品スーパーなどにテナントとして入る小売事業を継承することとなった。

萬野屋の源流である萬野総本店は今も大阪市内にある

 当時は小売りだけでなく、レストランなどへの業務卸も行っており、経営は赤字状態だった。ただ、顧客である飲食店の関係者と現場で会話をする機会が多くあった。その時に、多くの消費者だけでなく、飲食店や食品スーパーの社長や現場のスタッフでさえも80に分けられる牛肉の部位についてほとんど知識がないことに気付いた。

 そこで萬野社長は3年ほどの準備期間を経て、1999年、もともと萬野総本店の店舗がが入っていた天王寺ミートセンターがある桃谷に28坪の最初の焼肉店を開いた。

桃谷にある最初の店舗

 そこは飲食店にとって、なんばや梅田のような一等地ではない。しかし半径1km圏内に150軒を超える焼肉店や韓国料理店が軒を連ねる激戦地域である。一等地で楽に集客することを目指したのではなく、逆に集客に苦労する大激戦地域にまず出店し、消費者に料理とサービスの品質を評価してもらえるようにしたのだ。

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「「アナログ」なサービスを「デジタル」が支える焼肉店」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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