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銀行は「仕方なく」行く場所。だからこそサービス業にならないと

個人顧客に愛される店舗を作る山形県の荘内銀行・その1

2012年12月13日(木)

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 読者の皆さんは最近、銀行の店舗を訪れたことがあるだろうか。店舗でATM(現金自動預け払い機)を利用することはあっても、窓口への訪問となると、ほとんど行く機会がなくなっているのではないだろうか。

 かつて銀行の窓口は長時間待たされるサービスの代名詞的存在だった。こうした状況を改善しようと、各銀行はロビーに機械を設置して、順番を案内する紙を配り、数人のスタッフが案内や接客をするなど、工夫を凝らしている。また、窓口の混雑を緩和するため、ATMだけが設置された無人店舗も街中に増えた。さらに最近では、どこのコンビニエンスストアにもATMが設置されるようになった。税金や光熱費などの支払いもコンビニのレジで簡単にできる。

 こうした事情もあって、銀行の窓口に行く機会は減り続けている。おそらくほとんどの人にとって、銀行の窓口に行くのは、口座を開設する時か、住宅ローンなど融資の相談の時しかないと言ってもいい。

 これはつまり、よほどのことがない限り、現在の消費者は付き合う銀行を変えないことを意味する。それは裏を返せば、顧客との接点がほとんどなくなった現在の銀行にとって、営業をすることが難しいという意味でもある。

 このような状況の中で、新しい試みで営業展開を始め、地道な努力を積み重ねることで着実に成果を出し始めている地方銀行がある。それが山形県を中心に営業している荘内銀行である。

 「お客さまは仕方がなく銀行に来ていることを理解しなければならない」。山形荘内銀行の宇野寿人・個人営業部長はこう話す。この言葉に、荘内銀行が目指す銀行の基本的な考え方が表れている

知名度がない地域への進出がきっかけに

 荘内銀行は山形県の庄内地方に基盤を持ち、日本海側の鶴岡市や酒田市を拠点に営業展開してきた。1878年(明治11年)に創業した第六十七国立銀行が前身で、1881年に第百四十国立銀行を、さらに1941年に国家政策でいくつかの銀行と合併して荘内銀行となった。2009年には、秋田市に本店を置く北都銀行と経営統合し、フィデアホールディングスという金融持株会社を設立した。

 荘内銀行はもともとの地盤である山形県の日本海側から、山形市や米沢市といった山形県内陸部へと徐々に営業地域を広げ、さらに宮城県へと支店網を拡大してきた。

 何の基盤もない地域での営業展開は銀行にとって大変である。知名度がなければ地元の消費者による銀行口座の開設も難しく、地元企業には既に長く取り引きをしている銀行がある。さらには、近年の経済状況や少子高齢化から、特に地方都市では産業の空洞化が著しい。多くの企業が倒産や撤退を余儀なくされており、地方の資金需要は構造的に減っている。

 こうした事情もあって、荘内銀行は山形県内陸部から宮城県に進出する際に、法人ではなく個人の顧客から支持されることを目指し、自らを「銀行業」から顧客目線を持った「サービス業」へと転換し始めた。

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「銀行は「仕方なく」行く場所。だからこそサービス業にならないと」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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