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安倍晋三は決められる政治を実現できるか~最終回

政権交代という「坂の上の雲」(後編)その2

  • 村井 哲也

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2013年1月7日(月)

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司馬遼太郎の「明治」と城山三郎の「昭和」

 いつだって司馬作品は日本人のオアシスだ。当初は敗戦国のメンタリティーを、現在は政治停滞と経済低迷による心の傷を癒してくれる。「昭和」の時代を書く気も起こらなかったという当の本人も、自らの心の傷を癒したかったのかもしれない。

「日本という国の森に、大正末年、昭和元年ぐらいから敗戦まで、魔法使いが杖をポンとたたいたのではないでしょうか。その森全体を魔法の森にしてしまった」「明治三十七、八年までの日本人は、もうちょっとましだったろうと思うのであります」

 『坂の上の雲』で日露戦争を書いた背景だ。秋山真之などの傑出した人物を通じ、幕末から連なる「明治」の時代に最後のオアシスを見出している。対照的に「昭和」の時代を正面から書いた城山は、自らの作品が経済戦争の戦記物と呼ばれる理由をこう語っている。

「現代は組織との関わりあいの中でどう生きるかが非常に重要な問題である社会で、僕自身が小説家になる出発点から『組織と人間』という発想で書いているからではないですか」

 企業、官僚、軍隊。どの組織も「明治」と「昭和」の狭間で急速に肥大化した。特に国家という巨大な組織は、余計に人物だけでどうにかなる時代でなくなった。城山は、オアシスなき大義を振りかざす組織の本質を、登場人物に託して追い続けたのかもしれない。

 2人とも苦い戦争体験を出発点とする作家だった。筆者に作品内容を問う資格はない。だが、その読まれ方は意思決定システムに関する国民的な議論の未成熟さを反映している。司馬作品は過剰なリーダー待望論の根拠となり、城山作品も結局は組織より人物へと議論の本質が逸らされる。

 その反動からか、現在では過剰に組織や制度を重視する向きも目立つ。それが行き過ぎると、改革幻想に支えられた「制度いじり」となる。いずれにせよ、人と制度の組み合わせの妙からなる国家の意思決定システムを、「生き物」として捉える発想に乏しい。

 2012年の総選挙は、「平成」の時代に始まった政権交代という「坂の上の雲」の切ない結末となった。294対57。民主党の惨敗だった。政権交代さえすれば十分条件になるかの如き論調は失望へと転じ、自民党は圧勝した。安倍晋三が新しい主となって、「決められる政治」に拘り続けた野田佳彦は、首相官邸を去った。野田には謝罪だけでなく民主党をgood loserに導く使命が残っている。

 民主党は挫折したとはいえ、依然として政権交代が国家の意思決定システムに不可欠の必要条件であることに変わりはない。これを循環させることこそ改革の原点であり、現在でも進行形の課題だ。裏返せば、安倍にとっても「決められる政治」の示唆が多く含まれている。最終回の今コラムでは、過去の連載を振り返ったうえで、その歴史のなかに2012年の総選挙を位置づけてみたい。

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