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「名」を取るのか「実」を取るのか?安倍政権の「官邸統治」

単なる「民主党色の排除」では、同じ轍を踏む

2013年1月11日(金)

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 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということだろうか。

 第2次安倍晋三内閣は昨年12月26日、発足直後の初閣議で「国家戦略室」と「行政刷新会議」の廃止を真っ先に決めた。同時に「日本経済再生本部」の設置を決定。民主党政権下では休止状態だった「経済財政諮問会議」の再始動も決めた。民主党が作った組織を消し去ることで、民主党カラーを一掃し、政権の奪還を印象付けたかったということだろうか。2つの組織の廃止は、あまりにも唐突に映る。

 確かに、国家戦略室と行政刷新会議は政権交代に当たっての民主党の看板組織だった。民主党がマニフェスト(政権公約)で掲げた「脱官僚依存」を実現するための「政治主導」の司令塔になるはずだった組織である。国家戦略室が、新しい政策の立案・実施を担う一方で、行政刷新会議が「事業仕分け」によって古い政策を切り捨て、予算原資を捻出する。そんな車の両輪として2つの組織が機能することを想定していたのだ。

霞ヶ関の抵抗に屈した民主党の看板組織

 だが、この2組織には初めから猛烈な逆風が吹いていた。政治主導の組織を機能させたくない霞が関の抵抗である。民主党はこの2つの組織に民間人を数多く採用。各省庁から集めた官僚も、自ら志願した者を優先した。それまでの内閣官房は、各省庁の人事ローテーションに従った出向者の寄せ集めで、官僚たちは親元(出身官庁)を見て仕事をする事がほとんどだった。何とかこれを断ち切って官邸主導を実現したいというのが発足当初の民主党の考えだったのだ。

 官邸主導は時代の要請でもあった。様々な事態に政治家が迅速に対応できる体制が求められるようになっていたのだ。省庁縦割りの体制によって、各省庁が自己の利益を優先し「省益あって国益なし」と言われる状況が生じてもいた。首相がリーダーシップを発揮できるよう官邸の権限を大きくするという流れは1990年代からあり、省庁再編や公務員制度改革の底流となっていたのだ。

 伝統的な政策決定プロセスは、各省庁から上がってくる政策を官邸が総合調整するというスタイルだったが、官邸主導の体制では、首相ら政治家が決めた政策を各省庁が実行するスタイルになる。2001年に発足した小泉純一郎内閣はこれを徹底的に実行した内閣だった。竹中平蔵氏を経済財政政策担当大臣に据え、「経済財政諮問会議」を舞台に各省庁が抵抗する改革案を押し通していったのである。

 なぜ、国家戦略室と行政刷新会議を両輪とする統治スタイルは成功しなかったのか。最大の原因はこの2つの組織を、法律によって権限を明記した法定組織にできなかったことだ。

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「「名」を取るのか「実」を取るのか?安倍政権の「官邸統治」」の著者

磯山 友幸

磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

ジャーナリスト。1962年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞で証券部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め2011年3月末に独立。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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