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宿泊料金が10倍になった民宿

三重県・紀伊長島の「割烹の宿 美鈴」・その1

2013年2月7日(木)

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 皆さんは「民宿」という言葉にどのようなイメージを持たれるだろうか。

 海水浴に行くときに宿泊するところ。大学のゼミで合宿するところ。障子1枚で隣の部屋とつながっているところ。家族で経営しているところ。

 民宿と聞いた時に頭によぎるイメージはこうしたものだろう。おそらく誰もが一度は泊まったことのある身近な存在であるにもかかわらず、最近は存在感が薄い。ほとんどの消費者は民宿を旅館よりも廉価な宿泊施設という程度にしか思っていないのかもしれない。

 厚生労働省の調査によると、民宿を含む「簡易宿所」の数は減少傾向にあったが、2005年前後から増加傾向に転じている。これは簡易宿泊所などが増えているためと推測され、民宿が成長市場というわけではなさそうだ。後継者不足という問題もあり、地方にある一般的な民宿の経営は厳しい。

 だが、厳しい環境の中で、サービス品質の向上に取り組み、宿泊料金を10倍にすることに成功した民宿もある。三重県紀伊長島にある「割烹の宿 美鈴」だ。

伊勢志摩や熊野のような観光地ではないが

 美鈴がある紀伊長島は名古屋から特急で約2時間の場所にある。周囲には伊勢志摩や熊野といった日本を代表する観光地があるが、紀伊長島には観光客を呼び寄せるような温泉や名所・旧跡はない。山が海までせり出し、海岸に沿って国道が走る。そこに、夏の海水浴や釣り目的の客をターゲットにした民宿が点在するくらいである。美鈴はそうした民宿の1つで、自動車が激しく行き交う国道に面している。

国道に面して建つ「割烹の宿 美鈴」

 美鈴は、今も代表を務める中野博樹氏が1974年に開業した。中野氏の父親は漁師で、地元の漁業組合長も務めた。母親は自宅の一部を利用して「美鈴」という名の美容院を営んでいた。

 1970年代は養殖魚の生産が急拡大し、漁業を営んでいた実家の家計は非常に良い状況にあった。学生だった中野氏は名古屋にある私立大学の商学部に通い、将来は教師になることを考えていた。ちょうどその頃、全国で観光ブームが巻き起こり、旅館や民宿が次々と建築されていった。中野氏もいろいろ悩んだ末に、地元で父親が獲った魚を提供する民宿を開業すると決めた。

 民宿を開業するため、大学卒業後は名古屋にある高級料亭「か茂免(かもめ)」で3年間修業することにした。次に母親がやっていた美容院を閉め、平屋だった自宅を改築して7部屋の民宿として営業できるようにした。しかし、中野氏は修行していた料亭をすぐに辞めることができず、1年間は民宿を母親と妹に託し、調理人として4年間の修業を経て、1975年、27歳の時に美鈴の経営を始めた。

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「宿泊料金が10倍になった民宿」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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