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順風満帆だった彼が2つの転職で味わった辛酸

ITバブルがはじけ、給料半減やレイオフまで経験

2013年2月21日(木)

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 スタンフォード大学大学院を経て、従業員数14人のシリコンバレーの小さなベンチャー企業からキャリアを始めたのが、グーグルジャパンの「顔」として活躍する徳生健太郎だった。1994年のことである。彼は1986年、東京大学の合格者数ランキングの上位に今も登場する日本の有名進学校を退学。渡米して現地の高校に編入し、その後はアメリカの大学で学んだ。

 そして2000年、徳生が選んだ会社は着実に成長し、大手企業に買収される。徳生にとってはそれが目的では全くなかったというが、小さなベンチャーはいわゆる“エグジット”に成功するのだ。創業者はミリオネアになり、徳生たち草創期のメンバーも恩恵を受ける。さらに、コア人材の離職を防止する目的から買収後1年間、在籍していれば特別ボーナスも支給されることになった。徳生は入社時から既に3倍になっていた年収以上の額を手にすることになった。

 「心配していたのは、会社が買収されて、それまでのベンチャーの雰囲気をはじめ、いろいろなカルチャーが変わってしまうことでした。しかし、そんなことは全くなかった。お互いを補完する、とても良いM&Aだったこともあって、居心地は決して悪くありませんでした」

会社が買収された後に徐々に膨らんだ不安

 だが、徳生の中で次第に気持ちの変化が現れていく。

 「ちょうどこの頃は、後にITバブルと称される時期。インターネットビジネスについて大きな盛り上がりが既に始まっていました。当時、勤務していた会社の事業は、CDに焼いたソフトをパソコンにインストールするというビジネス。インターネットとはほとんど関わりを持てなかった」

 徳生にとってもう1つ物足りなかったのは、大手企業の傘下に入ったことで、ビジネスのスタイルが変わってしまったことだった。自分たちでコントロールして製品を作っていくというそれまでのやり方ではなく、取引先の大企業の要望や本社の指示に応えていくことが中心になっていったのだ。

 「やっぱりエンジニアとして、どのくらいホットなテクノロジーについていけるか、というのが、若い頃は勝負だと思っていたんですよね。ところが、そういうチャレンジがなくなっていくのではないか、という恐怖感に襲われるようになりました」

 同時にインターネットビジネスが盛り上がりを高めていく中で、周囲にはチャンスがあふれているように思えた。

 「仕事がつまらなかったわけではなかったんです。でも、かつてのようにとにかく面白いからここにいるんだ、という気持ちは薄れてきていて。給料やボーナスだけでは、やっぱりモチベーションにはならない、仕事の面白さ、ワクワクすることこそが大切だということにも改めて気がつきました」

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「順風満帆だった彼が2つの転職で味わった辛酸」の著者

上阪 徹

上阪 徹(うえさか・とおる)

ライター

リクルート・グループなどを経て、95年よりフリーランスのライターに。経営、金融、就職などをテーマに雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がける。インタビュー集に『プロ論。』ほか。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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