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故郷を追われた人たちの「帰りたい」という思い

仮設住宅での暮らしを体験して感じたこと

  • 菊池 由希子

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2013年3月11日(月)

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 2012年5月から福島第一原発から20.5キロ地点で生活していた私だったが、半年間の滞在を終えて11月に関西へ引っ越すことになった。それから2カ月経った1月末、久々に南相馬を訪問した。

 3.11以降、自宅が警戒区域に指定され、県外での避難生活を強いられていた南相馬のご夫婦がいる。知り合ってからずっと交流を続けていたが、ご主人が地元の建設関係の会社での仕事が決まったため、避難先から南相馬に戻ってきた。ご夫婦は市内の仮設住宅で暮らし始めたというので、今回はそこに泊めてもらうことになった。

旧警戒区域で草刈りをする人たち
旧警戒区域で草刈りをする人たち

 南相馬に着くと早速、旧警戒区域にあるご自宅まで案内してもらった。大津波が家に達することもなかったし、大地震で家が壊れることもなかった。電気も水道も復旧しているので、生活しようと思えばできなくもない。

 しかし、近くにある旧警戒区域の境界には、常時警察がいる。空間放射線量は毎時0.1~0.3マイクロシーベルト程度である。旧警戒区域の自宅には昼間は自由に出入りすることができるが、今もなお、宿泊することができない。原発から60キロ離れていて。避難区域に指定されていない福島市よりもかなり低い空間放射線量であるにもかかわらず、まだ住民に帰還の許可が下りないのだ。

 大きな一軒家で暮らしていた住民が狭い仮設住宅で暮らすのはなかなか大変だが、そこへお客さんを泊めるとなるとさらに気を遣うだろう。旦那さんは奥さんから私が泊まると聞いて、「それなら俺は(旧警戒区域の)家で寝ようかな」と冗談を言っていたそうだ。

仮設住宅に泊めてもらった

 2人用の仮設住宅には四畳半の部屋が2つあり、台所と風呂場、トイレがある。木でできているので、コテージのような雰囲気でもあり、短期間の滞在なら楽しそうでもある。しかし、両隣の物音や声が聞こえるので、長期的な生活には向かない。奥さんと私が同じ部屋で一緒に寝て、旦那さんは申し訳なかったが、リビングに寝てもらった。

 ちょうど3.11の大震災の時、私はグルジアにあるチェチェン人の難民キャンプに滞在していた。その直前にはイラクのクルド難民キャンプにお邪魔し、震災直後もトルコにあるコーカサス系難民の暮らしていた難民キャンプに寝泊まりした。グルジアの難民キャンプは病院だった2階建てのボロボロの建物だったが、トルコのものは小さな一戸建てがたくさん並んだものだった。

トルコにある北コーカサス系難民が多く暮らしていた難民キャンプ。兵庫県が提供した仮設住宅
トルコにある北コーカサス系難民が多く暮らしていた難民キャンプ。兵庫県が提供した仮設住宅

 「これは日本が建てた家なんだよ!」

 と、仮設住宅に住んでいた難民たちはみんな満足げに私に教えに来る。そのトルコの難民キャンプは、1999年のトルコ北西部地震の際に、兵庫県が無償提供した仮設住宅で、阪神淡路大震災の時に使われていたものだった。

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