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経理部長が裏切り! 社長の責任を痛感しました

【第2回】2年連続の赤字に、覚悟を決めて作った「経営計画書」

  • 日経トップリーダー編集部

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2013年3月8日(金)

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 <前回まで>

 創業者社長である伯父の急逝により、小松ばね工業の2代目社長となった小松節子氏。しかし、経営はもちろん、就業の経験もない。職場へ行っても仕事がない。暇つぶしで経営セミナーに参加しているうちに、故・一倉定氏のセミナーに出会った。そこで「社長が銀行印と実印を管理すべき」と教わる。社に戻った小松氏は、経理部長からそれを返してもらう。事故はその後に起こった。

 その経理部長は、1989年に交通事故で亡くなりました。そこで初めて発覚したことがあります。従業員には会社受け取りの生命保険を掛けているのですが、その受取人が、会社から本人へ書き替えられていたのです。

 「私を信用しないのか」とあれほど怒った人が、そういうことをしていた。不信感が湧き上がってきました。しかし、これも私が実印を持っていなかったために起きたことです。

経営の厳しさを痛感したという小松節子会長(写真:高橋久雄)

 以来、私以外の誰にも、実印も銀行印も押させていません。すべて私が捺印しています。

 少し遡りますが、私が社長になって2年ほどたった頃にセミナーで学んだ印象的なことに、「会社が潰れた場合、責任は社長ただ1人が負う」というものがありました。

 当たり前の事かもしれませんが、私は当時、経営はすべて役員に任せており、最大株主だからという理由だけで、ただ社長の椅子に座っていました。要するに、“いるだけ社長”だったのですが、これは大変なことになると目が覚めました。

私の中に覚悟が生まれました

 その頃、小松ばね工業は2年連続の赤字に陥っていました。このままでは、潰れてしまうかもしれない。そして、万が一そうなってしまったとき、すべての責任が私1人にのしかかってくるなら、経営を役員に任せてはおけない。できません、分かりませんと言っている場合ではないと気がつきました。思えばそのときに初めて、私の中に経営に専念する覚悟が生まれたのです。

 セミナー通いにも益々熱が入りました。

 一倉定先生は普段から、経営計画書は魔法の書であると口にしていました。会社のすべてを網羅する書だというわけです。ちょうど、経営計画書をつくるための合宿が開かれるところでした。もちろん、私には経営計画書を書いた経験がありません。なので、その合宿に参加することにしました。1986年9月に、10日間にわたり、韓国の済州島で開催されました。

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大量陳列、大量販売というのがある程度限界にきているのかなと思います。

松﨑 曉 良品計画社長