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規制緩和で「観光客」が増えたチェルノブイリ

3度目のプリピャチ訪問(2)

2013年5月2日(木)

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 研究者やジャーナリスト以外に一般客がチェルノブイリへ行けるようになったのは90年代半ばからだった。そして、さらなる観光の規制緩和が始まったのは2011年2月だった。

チェルノブイリ原発で建設中の新シェルター(2013年4月撮影)

 このチェルノブイリ・ツアーの規制緩和のために、ウクライナ非常事態省は調査を行い、30キロ圏に関しては5日以内、10キロ圏であれば1日以内の滞在であれば、全く健康に問題ないと発表した。この基準に基づいて、旅行代理店などが行うチェルノブイリ・ツアーは、日帰りだけではなく4泊5日のものまである。

 参加費はどこのツアーでも150ドル以上するが、そのうちの一部がチェルノブイリ・ゾーンの管理のために使われている。2011年、この参加費がきちんと管理に使われていないと検察が訴え、一時的にツアー客の出入りが再び規制されたこともあった。

3000人もの人々が強制移住したザリッシア村へ

 規制緩和されてから、私がチェルノブイリを訪れるのは初めてだ。昔と同じように、パスポート情報の事前登録が必要であることには変わりない。しかし、リンマさんのような非常事態省のガイドが同行することはなくなったようだ。また、時間も1日中たっぷりとれるようになった。

 今回は、プリピャチ・ドット・コム・センターのガイドであるアントンさんが、私たちを案内してくれた。

 検問を抜けると、延々と林を抜ける道が続く。この林に馬がいるというので、馬が大好きな私は楽しみにしていたのだが、残念ながら見ることができなかった。

チェルノブイリの「赤い森」。原発事故の際に大量の放射性物質が降下したことにより枯死した松林(2013年3月撮影、以下同)

 まず強制移住となった村の中でも最大級のザリッシア村へと向かった。チェルノブイリ原発から16キロに位置するザリッシア村には、事故当時、2849人が暮らしていた。原発に近かったプリピャチ市の住民は、事故の翌日、4月27日には全員が避難したが、30キロ圏の村々の住民が避難したのは、ほとんどが5月に入ってからだ。ザリッシア村の住民が避難したのは、事故から1週間たった5月4日になってからだった。

 ザリッシア村で放射線測定器を見て驚いた。なんと毎時0.05マイクロシーベルトだったのだ。おかしいなあと思い、何度も測り直してみたが、毎時0.05マイクロシーベルトと表示され変動しない。もしかして放射線測定器が壊れているのではないかと思い、アントンさんが持っている測定器をのぞき込んだ。

 「線量はたいしたことないよ。今は雪の遮蔽のおかげで特に低くなっているからね」

 そう言ってアントンさんが放射線測定器を見せた。すると、毎時0.10マイクロシーベルトと表示されていた。東京などで測るのとほとんど同じ値だ。いずれにせよ、ここが立ち入り禁止ゾーンとは思えないほど極めて低い値であることに変わりはなかった。キエフの公式発表では、常に毎時0.11~0.13マイクロシーベルト程度となっている。

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「規制緩和で「観光客」が増えたチェルノブイリ」の著者

宮腰 由希子

宮腰 由希子(みやごし・ゆきこ)

ロシア語通訳

ロシア語通訳、NGO「ダール・アズィーザ」事務局長。1983年青森県弘前市生まれ。17歳の時にチェルノブイリに行き現地を視察。2002年~08年、モスクワ国立大学留学。現在はキエフに滞在中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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