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内戦で破壊された工場、破壊されなかった絆

「ウガンダの父」伝説の悲しき今(上)

2013年5月31日(金)

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 山崎豊子氏の小説『沈まぬ太陽』アフリカ篇に「富士ワイシャツ」の「松田工場長」という人物が登場する。アフリカ・ウガンダの地でシャツ工場を営み、内戦の混乱をウガンダ人と心を通わせながら乗り越えてきた人物として描かれている。このモデルとなったのが、ヤマトシャツ(現・ヤマトインターナショナル)の柏田雄一工場長(当時)だ。

 一部の脚色はあるが、同作品に描かれている辛苦と成功はほぼ現実をなぞっている。

現在の柏田雄一氏(写真/的野弘路)

 柏田氏がウガンダに捧げた半生は、これまでさまざまなメディアに取り上げられてきた。そうした記事や出版物に一通り目を通し、記者もまた、柏田氏が苦しみの先で掴んだ「成功譚」をお聞きできればと思って取材を申し込んだ。だがここ数年で、柏田氏が置かれている状況は大きく変わっていった。その口から出てきたのは、成功を振り返る言葉というよりも、むしろ、失意と怒りの言葉だった。

 これからこの稿に書いていくその半生は、私たちに、幾たびも困難に阻まれながら立ち向かう人間の意志の尊さと、人種を超えて人間同士が信頼を結び合えるという事実を伝えてくれる。だが、残念ながら、その意志や絆を蹂躙するのもまた人間の巨大な欲望であるという現実も同時に伝えることになるだろう。読後、おそらく後味のよい記事にはならないが、これもまたアフリカの現実であるということをお伝えしなければならないと思って綴ってみる。

* * *

 柏田氏は1931年、大阪に生まれた。上海租界で少年時代を過ごし、44年に母親の療養のために帰国。戦後に大阪外語大を卒業して、58年にシャツメーカー、ヤマトシャツに就職した。当時の同社社長、盤若友治氏は富山から大阪に奉公で出てきて一から事業を起こした猛烈な叩き上げの人物で、同社最初の大卒社員である柏田氏に、

 「大阪外語大を出てるんか」
 「はい」
 「それじゃあ語学堪能だろう。輸出を任せる」

 と、いきなり部長待遇で輸出の一切を任せてしまった。柏田氏は振り返って苦笑する。「外語大学を出ているから、世界中の言葉を話せると思われてしまったらしい」。柏田氏の専攻はロシア語だったのだが。

 この辞令を受けて、世界を飛び回ってシャツを売り歩く日々が始まった。

 ある日、柏田氏は盤若社長に呼び出された。尋ねられたのは「ウガンダという国を知っているか」。アフリカの国だろうがそれ以上のことは知らない。アフリカ大陸に足を踏み入れたことすらない。そう答えると、社長は不思議そうな顔をして言う。

 「どうやら、ウチのシャツが売れている」

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「内戦で破壊された工場、破壊されなかった絆」の著者

池田 信太朗

池田 信太朗(いけだ・しんたろう)

日経ビジネスオンライン編集長

2000年に日経BP入社。2006年から『日経ビジネス』記者として、主に流通業界の取材に当たる。2012年『日経ビジネスDigital』のサービスを立ち上げて初代編集長、2012年9月から香港支局特派員、2015年1月から現職

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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