• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「ムセベニ大統領に会ったら、襟首を掴んで問いただす!」

「ウガンダの父」伝説の悲しき今(下)

2013年6月3日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

前回のあらすじ】

 1965年、東アフリカのウガンダにシャツの縫製工場を立ち上げたヤマトシャツ(現・ヤマトインターナショナル)の柏田雄一工場長。独立間もない国で繊維産業を育てたいという使命感で、「日本流」の規律と品質を植え付け、ウガンダ人の信頼を勝ち得ていく。しかし、事業が軌道に乗りかけたころに内戦に巻き込まれ、国外への逃亡を余儀なくされる。

 数週間後に戻った柏田氏が見たのは、破壊され尽くした工場だった。

工場に立つ現在の柏田氏(写真/的野弘路)

 工場の被害は甚大だった。

 在庫が持ち去られただけでなく、ミシンなどの生産設備も奪われていた。建物にも損傷があった。被害総額は約9億円。およそ合理的にリスクを考慮するなら、また政情不安ですべてが失われる可能性があるこの国で、再投資して事業を再建することはできないだろう。ナイロビに戻った柏田氏は、ヤマトの2代目社長・盤若康次氏に「撤退もやむを得ない」と伝えた。すると社長は、

 「分かった。いずれにしても現地をこの目で見たい」

 と工場の視察を希望。柏田氏は盤若社長と連れ立って再びウガンダに戻った。2人が工場に姿を現すと、従業員たちは駆け寄って、目に涙を浮かべながら口々に言った。

 「ミスターカシワダ、こんな仕打ちをした私たちの愚かな同胞を許してほしい。あなたが必要だ。工場を一緒に立て直してほしい」

 盤若社長は、柏田氏がウガンダで築いてきた信頼と友情の厚さを目の当たりにした。このままこの工場を閉鎖してしまうのは、いかにも惜しい。だが、経営を預かる者として私情をもって再建資金を捻出することはできない。金策に走っても、どこも融資や出資に応じるところはないだろう。柏田氏もその事実をよく分かっていた。

 ところが、無念ながら諦めかけていた矢先、思わぬところから融資の申し出があった。ウガンダ新政府だった。新政府の担当大臣は柏田氏に言った。

 「300万ドルを融資する。事業を立て直してほしい」

 ほぼ農業しか産業のないウガンダにあって、当時、ユージルは国内最大の製造業だった。アミン政権下の経済制裁で疲弊し切っていたウガンダ経済を立て直すために、新政府としてもこの工場をつぶすわけにはいかなかったのだろう。柏田氏は従業員たちと手を取り合って喜んだ。

 工場は1980年1月には再開し、稼働するや増産を続けて業績を戻した。政府から受けた融資は数年間で返済を済ませてしまった。

 だが、その安寧はまたも「政治」に覆される。

コメント13

「アフリカ 灼熱の10億人市場」のバックナンバー

一覧

「「ムセベニ大統領に会ったら、襟首を掴んで問いただす!」」の著者

池田 信太朗

池田 信太朗(いけだ・しんたろう)

日経ビジネスオンライン編集長

2000年に日経BP入社。2006年から『日経ビジネス』記者として、主に流通業界の取材に当たる。2012年『日経ビジネスDigital』のサービスを立ち上げて初代編集長、2012年9月から香港支局特派員、2015年1月から現職

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員