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生きものの「巧妙な体」をロボットに活かす

チューリッヒ工科大学・飯田史也研究室(2)

2013年10月18日(金)

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若いうちに違う見方をしたい、と“ロボット大国”日本をあえて飛び出して、かの有名なお掃除ロボットを開発したMITの研究者の下で学んだりしながら、いまはスイスのチューリッヒ工科大学で「生物にアイデアを得たロボット」を研究している飯田史也先生の研究室に行ってみた!(文・写真=川端裕人)

 スイスのチューリッヒ工科大学で、生物からアイデアを得たロボットの研究室長を務める飯田さんは、およそ15人のスタッフを統率し、日本にいる我々から見ると奇抜なコンセプトのロボット開発を続けている。1974年生まれだから、30代後半であり、研究者として最前線に飛びだした気鋭という立場でもある。

 では、飯田さんはどうやって、今の立ち位置にたどり着いたのだろうか。

 「子どもの時に興味は、もう飛行機だとかロケットだとかでした。まあ、父の影響です。父が航空宇宙関係の仕事をしていたので」

 父上は、NASDA、旧宇宙開発事業団に勤めていたそうだ。それなら、確かに、少しでもそっち方面の興味がある子は、「飛行機だとかロケットだとか」に引き込まれるだろう。さらにお祖父さんがエンジニアでもあり、一族が、乗り物・機械の専門家だったのだという。

 「大学院でたまたまロボットに出会って、ああ、これちょっとおもしろいかなっていうので始めたのが、運の尽きというか。ただ、飛行機とかロケットとか、勉強すればするほど細部に入っていくんです。でもロボットは、かかわっている研究者全員がほかの部分も分かっていないといけない。まだ全体を見られる学問だったというのがよかったんです」

 もっとも、飯田さんは、やがて日本のロボット研究に違和感を抱くようになる。

 「修士で研究をかじってみて、これちょっと違うなと直感的に思ってしまったといいますか。日本でロボットっていうと、例えば鉄腕アトムにしろ、ドラえもんにしろ、そういう完成形のイメージが最初にあるじゃないですか。でも僕は、もっと違う角度からやってみたいと思いまして。若くてエネルギーと時間があるうちに外に出てみようと、日本を飛び出したんですね。生き物を見て、ロボティクスに活かす、ということはその時点で意識していました」

 飯田さんを博士課程の学生として受け入れたのは、今、研究室を構えるチューリッヒ工科大学(連邦立)ではなく、総合大学のチューリッヒ大学(州立)だった。そこで飯田さんは、生物学のプロジェクトに入る。

「研究室に行ってみた」のバックナンバー

一覧

「生きものの「巧妙な体」をロボットに活かす」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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