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動物園に科学が必要と思いいたるまで

よこはま動物園ズーラシア・村田浩一園長(2)

2013年11月19日(火)

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 「動物園」は福澤諭吉が『西洋事情』で初めて使った言葉だが、正式な英語はZoological ParkやZoological Garden。忠実に訳せば「動物学公園」となっていたはず。動物園と学問はどのように結びついているのか。村田浩一園長に聞きに「よこはま動物園ズーラシア」に行ってみた!(文=川端裕人、写真=藤谷清美)

村田浩一園長。

 よこはま動物園ズーラシアの村田園長は、動物園での飼育員・獣医師の現場経験を持ち、大学教授として野生動物の研究に携わり、目下、動物園長でもある、という希有な存在だ。

 海外、特に北米、欧州では、動物園長がアカデミックな経歴を持っていることは普通だし、それどころか、日本では飼育課長と訳される「キュレーター」も高度な専門職として、博士号を持っていることが多い。日本の飼育課長はむしろ行政職的な立場だから、名刺に英語でcuratorと書き、国際会議に出席したりすると、どことなく変なことになる。北米、欧州の動物園関係者は日本の現状を知っており、日本のcuratorの生物学的な知識レベルにあまり期待を寄せていないがゆえに、それほど表だって問題になることはないのだが、悲しいことだ。これは園長についても言える。

 村田さんは、専門性において、国際的に引け目を感じずに済む珍しい「日本の園長」だ。そこにいたるまで、どのような経路を通ってきたのか。そこには、20世紀の日本の動物園と21世紀の今を結ぶ線が1本引かれている。

 「今、動物園に就職する若者は、百倍以上の倍率をくぐり抜けないと入れないですから、意識が高いです。でも、私は、そんなふうではなくてとにかく海外で暮らしたかった。1975年に獣医学科を卒業して留学しようと思っていたんです。それで、就職せず山小屋で働いたり、デパートで冷蔵庫を売ったり、とび職をしたりして、お金を貯めて、それでも足りないから国費留学を目指したんですが、ハワイ大学に落ちてしまって。そうこうするうちに、家庭の事情でお金を稼がなければならなくなって、神戸市に就職したんです。最初は保健所勤務でした」

 のちに王子動物園に配属になる村田さんが、最初は保健所勤務というのは、当時としてはそれほど驚くことではなかったはずだ。今とは違って、多くの動物園が地方自治体の直轄だった。保健所や食肉衛生検査所などに配属される獣医師が、通常の人事異動で動物園に動くこともよくあった。もちろん、その逆も、である。

 ところが、村田さんの場合、ちょっとルートが違っていた。

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「動物園に科学が必要と思いいたるまで」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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