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始めて3年で日本一のコメを作った男

農業の“素人”が経験豊富なプロに勝てるわけ

2013年11月15日(金)

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 「匠(たくみ)の技」という言葉でどんな農家を思い浮かべるだろう。顔には深いしわが刻まれ、眼光するどく作物を凝視し、神妙な顔つきで「私には稲の声が聞こえるんです」などと語ったりする――。ところが実際はこうした近寄りがたいイメージとは違い、始めてから数年でトップランナーの列に加わる生産者がたくさんいる。なぜ駆けだしの“素人”が、経験豊富なプロに勝てるのか。

 具体的な例で見ていこう。岐阜県上宝町の農業法人「まんま農場」を経営する小林達樹が、本格的に稲作を始めたのが2004年。3年後には、山形県で毎年開かれる「あなたが選ぶ日本一おいしい米コンテスト」でトップに輝いた。初挑戦で優勝という快挙だ。その後も様々なコンテストで入賞した。

つくるより売るのに苦労

 一気にそこまで駆け上がるため、どれだけ努力したのか。苦労話が聞きたくてくり返し質問しても、「う~ん」と考えこむばかり。むしろ口をついて出るのは「つくるより、売る方がずっと大変だった」。コメ袋をかついで夜の街を売り歩くなど、販売面で悪戦苦闘したエピソードはどんどん出てくる。

コメの食味コンテストで日本一になった小林達樹氏(岐阜県上宝町)

 では長年コメをつくっている農家を押しのけ、なぜコンテストで頂点に立てたのか。答えは品種。小林がつくっているのは、岐阜県で2000年に発見された新品種「いのちの壱」。いま日本でつくられているコメのほとんどはコシヒカリか、その関係種。これに対し、いのちの壱はコシヒカリより粒が大きく、香りも強い。似たもの同士が僅差で競い合っていたコンテストに新風を吹き込んだ。

 小林いわく、「このインパクトの強い品種と気候がぴったり合った」。上宝町は新潟県の魚沼と同じで、日照時間が長く、夏は昼と夜の気温の差が大きい。そこに北アルプスの雪解け水が流れ込む。もちろん、親しい農家の指導を受け、農薬を減らすなど、ブランドとして育てる工夫はしている。だが、小林が一番強調するのは「自然的な条件」だ。

 もう1つ、コメの例を挙げよう。「ここがうちを象徴する田んぼです」。近正宏光は新潟県阿賀町の山あいで、もっとも高いところにある田んぼを指してそう言った。肥料も農薬もいっさい使わない自然栽培だ。ここでとれたコメは、高級百貨店で1kgたり5000円超という破格の値段で売れている。

 近正が農業生産法人「越後ファーム」を立ち上げたのが2006年で、2010年から自然栽培に挑戦した。「1年目は田んぼの土がごつごつしていて、ヒエなどの雑草がびっくりするほど生えた」。だが、今年は雑草をとるタイミングが分かるようになり、土も稲の生育に適したとろとろの状態に変わってきた。9月初めに見に行くと、見るからに元気な稲がしっかりと育っていた。

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「始めて3年で日本一のコメを作った男」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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ビル・エモット 英エコノミスト誌元編集長