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深海生物はどうやって深海で暮らせるようになったのか

深海生物研究者 藤原義弘(2)

2013年12月3日(火)

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不毛な砂漠のような深海の底に、突如として生物が群がる熱水噴出孔。でも、そこは同時に硫化水素という“毒”の噴出孔でもあります。深海生物は、光の当たる世界から毒と闇の世界へ、どのような進化を経て移りすんできたのか? 藤原義弘さんがその謎にせまります。(写真=田中良知)

サツマハオリムシ。長い管状の生物で、写真はその先端。赤い部分はエラだ。(写真:藤原義弘/JAMSTEC)

 海に沈んだクジラの遺骸は、特殊な生物を呼び寄せて、そこに生物群集をつくりあげる。あちこちの海の底に沈んでいる鯨骨は、ある熱水噴出孔に暮らす生物が、そこから遠く離れた熱水噴出孔へも子孫を広げていく、飛び石(ステッピング・ストーン)の役割を果たしているのでは。

 藤原義弘さんは、実験でそれを確かめようとした。2002年のことである。

 場所は鹿児島県沖。大浦海岸に打ち上げられた12頭のマッコウクジラの遺骸が、薩摩半島の野間岬沖に沈められた。

 「まず、鹿児島、というのが良かった。というのも鹿児島の錦江湾には湧水域があって、そこにサツマハオリムシという生物がいるんです」

クジラの骨は暴力です

 当時、すでに錦江湾からおよそ1500キロ南東にある日光海山(水深450メートル)でもサツマハオリムシは見つかっていた。もし鯨骨がステッピング・ストーンとして機能するのなら、地理的にも水深から見ても、野間岬沖にはサツマハオリムシがやってきておかしくないだろう。

 藤原さんはそう考えて、2002年から2010年にかけて、何度かそのクジラの骨を船に引き揚げて、調査を行った。

藤原義弘さん。

 「覚悟した方がいい、とは聞いていました」

 引き揚げた骨の臭いのことだ。この辺りの話が苦手な方は4行ほど飛ばしてください。

 「ゴーグルをして、防毒マスクをして。ただ、ひとつ目に引き上げた骨はそうでもなかったので、こんなものなのかなと油断していたら、ふたつ目がひどかったです。瞬時にすべてを吐きたくなるような。臭いというより、あれは暴力です」

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「深海生物はどうやって深海で暮らせるようになったのか」の著者

片瀬 京子

片瀬 京子(かたせ・きょうこ)

フリーライター

1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、2009年からフリー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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