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39歳にして「再起動=リブート」

MITメディアラボ副所長・石井裕さん(3)

2014年2月14日(金)

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川島:石井さんは、日本でNTTに入社され、トロント大学客員教授を経て、MITの准教授になられた。それが1995年のことです。日本で仕事をしている時から、そういうフラットなものの見方をされていたんですか?

石井:NTTヒューマンインターフェース研究所時代に取り組んだ「クリアボード」という作品が、パーソナルコンピュータの父と呼ばれるアラン・ケイの目に留まって、MITに招聘されたのです。今、振り返ると、39歳にして人生を「再起動=リブート」したんです。

石井 裕(いしい ひろし)
マサチューセッツ工科大学メディアラボ副所長。1956年生まれ。80年、北海道大学大学院情報工学専攻修士課程修了後、電電公社(現NTT)に入社。西ドイツ(当時)のGMD研究所客員研究員、NTTヒューマンインターフェース研究所、トロント大学客員助教授、マサチューセッツ工科大学教授を歴任し、2008年から現職(撮影:鈴木愛子)

川島:その後、メディアラボで日本人初の教授として迎え入れられ、順風満帆なエリートコースを辿られてきた……。

石井:いえいえ(笑)、そんな実感は、僕の中にまったくないです。ひたすら厳しい競争社会の中をなんとかサバイバルしてきた。それが正直な気持ちですね。メディアラボでは「テニュア(終身在職権)」と呼ばれる教授を選別するシステムがあり、在籍して6~7年目までにその要件を充たさなければ、職を辞さなければならない。僕は5年目でなんとかテニュアを獲得しました。それまで不眠不休の生活を続け研究に没頭してようやく実現したのです。

川島:成功者の苦労ってなかなか伝わってこないので、今の石井先生の話を聞いて、石井先生も一人の人間なんだ、と少し安心しました。ということは、「石井流」とも言える過激な発言は、持って生まれたものというより、米国の超競争社会で鍛えられた「武器」なのでしょうか?

石井:プライベートの僕はちっともマッチョじゃないんです。自分ではよく分かりませんが、米国に渡ってからさまざまに感じたコンプレックスみたいなものが、もしかすると、隠喩的に過激な発言を促しているのかもしれません(笑)。

川島:MITでのサバイバルを乗り越えて、「テニュア」を獲得した。それで一安心という感じだったんですか?

石井:とんでもない! 終身身分を確保したとしても、たえず研究成果を発表していかなければなりません。しかもただ勉強していればいいってものじゃないんです。スポンサー企業を巻き込んで、プロジェクトを具体的なかたちにして発表し、学校から飛び出て社会から評価されなければ、業績として認められないのです。

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「39歳にして「再起動=リブート」」の著者

川島 蓉子

川島 蓉子(かわしま・ようこ)

ifs未来研究所所長

ファッションという視点から、さまざまな分野の企業のブランド作りなどのプロジェクトにかかわる。日経MJ、ブレーン、読売新聞などで連載を持つ。2013年から現職。多摩美術大学非常勤講師。Gマーク審査委員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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