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“3度の五輪”とも神宮外苑が議論の的に

メーンスタジアムを巡る巨大論争の歴史

2014年2月19日(水)

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 見出しを読んで、“3度の五輪”という部分に首をかしげた人が多いかもしれない。2020年の東京五輪、1964年の東京五輪は分かるとして、もう1回は? そして、その度に神宮外苑が議論の的になるとはどういうことなのか?

 日経BPムック「東京大改造マップ2020」(以下、ムックと略す)に頻出するキーワードを手掛かりに、2020年東京の状況を予測するこのコラム。これまでの3回は、虎ノ門から湾岸地域にかけての再開発動向についてリポートしてきた。今回は目線を山手線の真ん中あたり、神宮外苑に移す。ムックの頻出キーワード第4位である「新国立競技場」の建設予定地だ。

2013年3月時点での新国立競技場の完成予想図(資料:日本スポーツ振興センター)

 今や知らない人はいないと思われるこの完成予想図。2019年のラグビーワールドカップ大会で使われた後、2020年東京五輪のメーンスタジアムとなる。現在の国立競技場(国立霞ケ丘競技場)を解体して、その跡地に建てる。収容人数は8万人の予定。五輪開催が決定してから今日までの紆余曲折は後述するとして、まずは「3度の東京五輪」について説明しよう。

 ムックでは、今後の都市開発の予測だけでなく、過去の東京五輪のインフラ整備がどのように進められたかを回想する記事も掲載している。建築家で建築史家でもある豊川斎赫(さいかく)氏が執筆した「建築家たちの1964〈競技施設編〉」と、建築ライターの磯達雄氏が執筆した「建築家たちの1964〈都市建築編〉」だ。このうち、前者では“幻の東京五輪”の経緯を詳述している。

“幻の1940東京五輪”とは?

(以下、豊川斎赫氏の文章から五輪開催地の経緯が分かる部分のみを抜粋)

 第18回(1964年)大会の24年前、1940年の第12回オリンピック開催地が東京であり、それが諸般の事情で幻となったことを知る人は少ない。本稿では、来るべき2020年に向けて、第12回大会と第18回大会の施設計画から学ぶべきエッセンスを抽出してみたい。

 第12回大会の招致運動や大会返上に至る全般的な経緯については、元NHK記者の橋本一夫による「幻の東京オリンピック」(日本放送出版協会1994年)や、東京市役所による「第12回オリンピック東京大会」(1939年)に詳しい。橋本の研究によれば、関東大震災(1924年)からの復興にめどのつきかけた1930年、東京市長・永田秀二郎は「帝都復興祭の次に紀元2600年の記念事業として東京市が何をやるか」について頭を悩ませていたという。

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「“3度の五輪”とも神宮外苑が議論の的に」の著者

宮沢 洋

宮沢 洋(みやざわ・ひろし)

日経アーキテクチュア副編集長

1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。日経アーキテクチュア編集部に配属。以来、建築一筋。現在は日経アーキテクチュアにて「建築巡礼/プレモダン編」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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