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「看護師」の資格をフル活用して4人の子どもを育てる

仕事や職場を選ぶにも、すべて子どもが中心

2014年4月10日(木)

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筆者:Sさんは、病院のお世話になったこと、もちろんあるわよね?

編集者S:あります! 子どもの頃、大した病気じゃなかったんですが、1週間ほど入院したことがあります。家族と離れて、自分だけでお泊りなんて本当に心細くてさみしくて、しかも熱も高くて苦しくて、子どもにとっては辛かったですね。まぁ、退院する頃には、病院を離れるのがさみしくなったりしましたけれど(笑)。

筆者:あら、そんなに居心地がよくなっちゃったの?

編集者S:だって、病気の時って、みんなが優しくしてくれるじゃないですか。特に看護師さん。厳しくてヤダな、と思った人もいましたけれど(苦笑)、とっても親身で優しい人ばかりでした。

筆者:病気で心身ともに弱っている時に手を差し伸べてくれる看護師さんは、頼りになる有り難い存在よね。

編集者S:でも、私は大した病気じゃなかったから、そんな呑気なことを言っていますけれど、実際に重い病気だったらどうだったんだろう、とも思います。

筆者:今日ご紹介するのは、その看護師さんなんだけれど、彼女の場合には、まさに病院での苦い経験から看護師になることを決意した方なのよ。

   ◇   

マリー・ロール=ドゥフレヌさん(52歳)。4人の子どもを持つ看護師だ

小児がんで他界した兄への思い

 マリー・ロール=ドゥフレヌ(Marie-Laure DUFRESNE)さんは、1961年パリに生まれた。4人兄弟の3番目、2人の兄と弟に挟まれ「紅一点」で可愛がられて育ったというマリーさんだが、すぐ上の兄に対しては特別な思いを抱いて今日まで生きてきたという。なぜなら、3つ違いのその兄を、子どもの頃にがんで亡くしたからだ。

 「兄は小児がんだったんです。長い闘病生活の末、15歳のときに病院で息を引き取りました。当時の私は12歳で、中学生になったばかり。でも、小学生の頃から、入退院を繰り返していた兄の看病の手伝いをしていました」

 「毎日のように病院に足を運び、着替えを手伝ったり、身体を拭いてあげたり、時には水を飲ませたり、ということもしました。兄の顔色を見ては、幼いながらに『今日は調子が良さそうだわ』『何だか元気がないわ』と体調を判断し、少しでも元気になってもらうにはどうしたらいいか、ということを考えて行動していました。もちろん、治ると信じていましたから」

 「でも、40年も前のことですから、病院の環境も看護師の対応も、今と比べるとそれはお粗末なものでした。たとえ治る見込みがなかったとしても、病の苦しみに耐え、必死に生きようとしている兄に対して、もう少し丁寧に対応してくれてもよかったのではないか。具体的なことを口にすると、当時の苦い思い出が蘇ってしまうのであえて言いませんが、とにかくひどかったんです」

 「その時私は、自分の将来を決めました。『看護師になって、病気で苦しむ人たちの助けになりたい』と」

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「「看護師」の資格をフル活用して4人の子どもを育てる」の著者

増田 ユリヤ

増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)

ジャーナリスト

高校の日本史や世界史、現代社会の講師をしながら、NHKのリポーターを務める。日本と世界の教育現場の取材を重ねる。フランスの知人が増え、フランス女性の生き方を取材するようになった。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中谷 巌 「不識塾」塾長、一橋大学名誉教授