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「田んぼに戻ってくれ」

父の祈りにいま応える

2014年5月23日(金)

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 農業の未来を語るとき、つい「躍進する大規模法人」とか「企業参入の先端経営」などの言葉を使いたくなる。もちろん、そうした流れは大事だが、日本の農業のほとんどは今後も「家業」であり続ける。そのとき、いまも昔も変わらないやっかいな問題が、農業を選んだ若者に立ちふさがる。父親との確執だ。

節目すべてに父親の影響、親子から師弟へ

 千葉県柏市の若手農家、吉田竜也はいまもときどき、病床での父親の言葉を思い出す。「おまえはどうするんだ。家に戻ってこないのか。家はどうなるんだ」。父親が最後まで心配していたのは、自分がいなくなったあとの田んぼのことだった。「おれやるよ」。そう言ってあげられなかったことを、吉田は悔やむ。

 吉田は大学を出たあと就農したが、いったん家を飛び出して農業をやめ、いまはふたたび稲に向き合う日々に戻っている。そうした節目のすべてに、父親との関係が影響している。

 大学の専攻は理学部。医療にも興味があり、血液検査をしたり、心電図をとったりする臨床検査技師の資格もとった。一方で「農業をやってみたい」という気持ちも心のなかにあった。父親が楽しそうに農業をする姿を見て育ち、いい印象をもっていたからだ。

 そんな吉田の背中を父親が一押しして、決心がかたまった。大学4年、外で食事をしていたときのことだ。「おまえ、大学を出たあとどうするんだ」。そう尋ねる父に吉田は答えた。「父ちゃんと一緒に農業やるよ」。「そうか、じゃあこれからがんばらないとな」。父親は涙ぐみながら、そう話した。

 吉田には上に2人の兄がいる。父親の夢は、兄弟3人に農業をさせることだった。だが上の2人は就職し、夢を託せるのは吉田だけになっていた。「うちの息子が農業をやってくれるんだ」。父親は親戚や近所に話して回った。

 こうして2人の関係は親子から師弟に変わり、絵に描いたような農家の毎日が始まった。苗を育て、除草剤をまき、田植えをし……。父親がなにも考えず、適当にやっていると思っていた作業が、どれほど難しいかを体で知った。「農業は奥が深い。5年間失敗ばかりでした」。つまり、吉田の農家としての生活は5年で終わったのだ。

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「「田んぼに戻ってくれ」」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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