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失敗から学んだ起業のツボ

ドリコム 内藤裕紀社長の奮闘記

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2014年7月7日(月)

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 スマートフォン向けソーシャル(交流)ゲームや学習教材アプリの開発などを手掛けるドリコム。売上高は69億8900万円(2014年3月期)の会社だ。内藤裕紀社長は2006年に27歳という若さで東京証券取引所マザーズに上場するなど、輝かしい経歴を持つ。しかし、その陰で何度も経営に失敗し、起業のポイントをつかんできた。今だから語れるその勘所を内藤社長に聞いた。
ないとう・ゆうき
1978年東京都生まれ。98年京都大学経済学部入学。在学中の2001年にドリコムを設立し、社長に就任。2005年京大中退。2006年、27歳で東証マザーズに上場。ドリコムは現在、スマートフォン向けソーシャル(交流)ゲームや学習教材アプリの開発、成果報酬型ネット広告事業などを手掛ける(写真:柚木裕司、以下同)。

 幼い頃からベンチャースピリットの原型のようなものは持っていた気がします。小学生のときは発明家になることを夢見ていました。ものを作るのが好きだったので、夏休みの宿題の自由研究で郵便局が主催していた手作り貯金箱のコンクールに参加して入選したりしていました(笑)。

 高校生になって受験が近づくにつれ、将来を真剣に考えるようになったんです。日本経済新聞を読み始め、その中に載っている経営セミナーに興味本位で片っ端から出席し始めました。学生服を着たままで。

 そうしたら、自分たちで会社をつくって新しいビジネスを立ち上げる「ベンチャー起業家」という道があることを知ったんです。「世の中にない事業をゼロから生み出すことは現代版発明家と一緒だ」と考え、大学に進学して起業することを決めました。進路に関しては、そこから迷いがなくなりましたね。

パソコン家庭教師事業で大失敗

 1998年に京都大学経済学部に入りました。もちろん最初は何の事業を興すかなんて全く決まっていません。起業資金を集めるためにアルバイトを始めました。最初は学習塾の講師をしたんです。結構、生徒からは人気がありましたよ。

 そのうち、「パソコンの家庭教師事業ならもうかるのではないか」と考え付きました。当時、ウィンドウズ95のヒットでパソコンが普及し始めていて、ニーズがあると判断し、事業をスタートしました。幼い頃に父親が買ったパソコンが自宅にあって私自身は操作に慣れていたので、うまくいくと思ったんです。

 しかし、結果は大失敗。インターネット上で募集したら、講師は意外とスムーズに集まったんです。「よし」と思って、生徒を集めるのにビラを作って京都市内中の家のポストに投函して回りました。でも、3カ月、4カ月たっても1件も契約が決まらない。結局、お金が出ていくだけに終わって、この事業はやめました。

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