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「なんで継がなかったんだろう」

16代目農家の告白

2014年7月18日(金)

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 農業の記事と言うと、いつも未来を担う経営者ばかりにスポットが当たる。この連載でも、特色のある作物をつくる生産者や先端的な大規模農場、効率的な経営などを中心に取り上げてきた。だが、実際はそんな人たちはごく一握りの少数派だ。ほとんどの農家は後継者がなく、農業は自分の代かぎりで終わる。彼らはどんな思いを抱いているのだろう。

 東名高速道路の菊川インターチェンジ近くのモスバーガーで待っていると、横山剣一と、続いて塚本佳子が入ってきた。塚本は近くで野菜をつくっている新規就農者で、現場の仕事を証すように見事に日焼けしている。64歳の横山は彼女に農地を貸している地主だ。

新規就農の塚本佳子さんと、地主の横山剣一さん(うしろは横山さんの農地、静岡県菊川市)

 「亡くなった父によると、自分で16代目だそうです」。横山に「代々農家だったんですか」と聞くと、そう答えた。江戸時代以前から続く、長い歴史のある農家だ。だが、横山は高校を出たあと、就農せず、勤めに出た。その理由を考えるのが今回のテーマだが、まずは横山の父親のことから話を進めよう。

先進的な15代目。16代目も農業高校へ進んだが…

 横山によると、父親は地元ではかなり先進的な農家だった。周囲は大半がコメ単作だが、横山の父親はコメだけでなく、ハウスを建ててトマトやイチゴ、花などをつくっていた。いまは作業がほぼすべて機械化されているコメと比べると、栽培に手間はかかるが、複合経営で収益的には安定する。父親には「自ら経営する」という意欲があったのだ。

 この話をするとき、横山は「父の自慢みたいになりますが」と言ってちょっとはにかんだ。つまり、父親のやっていた農業に、息子として誇りを持っていたということだろう。ハウスで球根を育てていたときは「けっこうお金になる」と話していたという。長男の横山は高校を出て、弟は大学に入ることもできた。

 子どものころ、横山は「自分は農業を継ぐべきだ」と当たり前のように考えていた。ハウス栽培を始めたおかげで、いっときはそれなりに豊かな暮らしだったこともある。だから選んだ高校は地元の農業高校だった。いつかは必要になるときもあると思い、大型トラクターを運転するための免許もとった。

 小さいころはよく農作業を手伝った。横山が小学生のころは田植えも稲刈りもまだ本格的に機械化されておらず、作業は楽ではなかった。だからと言って、農業を嫌いにはならなかった。くり返すが、だから農業高校に入った。

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「「なんで継がなかったんだろう」」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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ビル・エモット 英エコノミスト誌元編集長