• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「沈みゆく巨艦」はなぜ目覚めたか

69歳の再登板、川村隆・元会長の述懐(2)

2014年8月25日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 2009年3月期に、国内の製造業史上最大となる7873億円の最終赤字を計上した日立製作所。そんな崖っぷちの総合メーカーをV字回復に導いたのは、本流から外れた"デッドヘッド(員数外)" の男たちだった――。第1回に引き続き、川村隆会長の言葉で振り返る。

・Kindle版はこちら
・Kobo版はこちら

 出戻り組の「三たかし、波たかし」

川村会長(写真:都築雅人)

 2009年4月に執行役会長兼社長に就任してからは、しゃにむに動きました。まず意思決定を早めるために経営会議を6人で進めることにしました。私のほかに、同じように子会社から戻ってきて副社長になった三好崇司(現日立製作所取締役)、八丁地隆(同)。3人はみな名前が「たかし」で、しかも出戻り組なので「三たかし、波たかし」などといじめられましたよ。

 それから、やはり北米のハードディスク子会社の再建から戻ってきた中西宏明(現取締役会長)、営業担当の森和廣(現日立ハイテクノロジーズ会長)、そして情報通信担当の専務から昇格した髙橋直也(現日立システムズ社長)の6人です。就任から100日、つまり7月までに何か形を出そう、ということで動き出したのです。

「異端児たちの決断――日立製作所 川村改革の2000日」のバックナンバー

一覧

「「沈みゆく巨艦」はなぜ目覚めたか」の著者

小板橋太郎

小板橋太郎(こいたばし・たろう)

前日経ビジネス編集委員兼副編集長

1991年立教大学文学部史学科卒、日本経済新聞社入社。整理部、社会部、産業部などを経て2011年から日経ビジネス編集委員。現在は日本経済新聞社企画報道部デスク

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

テスラのような会社と一緒にできないのなら、パナソニックはイノベーションを起こせないだろう。

津賀 一宏 パナソニック社長