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シャープ片山・元社長、再始動

私が日本電産でやりたいこと

2014年9月8日(月)

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 「敗軍の将、兵を語る」は日経ビジネスで連載する長寿コラムだ。人生のどん底に陥った経営者らの「肉声」を、約40年にわたって紹介してきた。9月8日号の特集「『敗軍』の法則」では趣向を変え、過去に失敗や挫折を経験した人物にも焦点を当てた。その1人が、日本電産で第二の人生を歩み始めたばかりの、シャープ元社長の片山幹雄氏だ。

 「当社に迎え入れたい」

 シャープの片山幹雄・元社長が日本電産の永守重信社長から、京都の料亭で口説かれたのは、今年7月21日だった。もっとも永守氏からの会食の誘いに応じた時点で、片山氏の腹はほぼ固まっていた。

 「お世話になります」

 片山氏は9月1日、日本電産に顧問として入社し、10月1日付で副会長に就任することが決まった。

社長就任直後の投資が仇に

日本電産に電撃移籍したシャープ元社長の片山幹雄氏(撮影:菅野 勝男)

 片山氏には、「シャープの経営危機を招いた社長」という印象がつきまとう。

 その社長歴は堺工場に始まり、堺工場で終わったと言っていい。2007年に社長に就任した直後に下した経営判断が、堺市に液晶パネル工場を建てることだった。総投資額は3800億円にも上った。しかし、翌年発生したリーマンショックの余波で「超円高」が進み、2009年に堺工場が稼働した頃には、韓国勢などに対して価格競争力が低下していた。

 堺工場の稼働率は上がらず、ついにシャープは2012月3月期に過去最悪の3760億円の連結最終赤字を計上する。その責任を取る形で、片山氏は2012年4月に社長から会長に退いた。「プリンス」ともてはやされ、49歳の若さで社長に抜擢されるも、退任時は刀折れ矢尽きていた。

 2013年6月にはフェロー(技術顧問)となり、経営の一線から完全に身を引いた。

「「敗軍」の法則 なぜ、リーダーは失敗を繰り返すのか」のバックナンバー

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「シャープ片山・元社長、再始動」の著者

吉野 次郎

吉野 次郎(よしの・じろう)

日本経済新聞社記者

1996年、日経BPに入社。2007年から日経ビジネス編集部で電機業界や自動車業界、企業の不祥事を担当。2015年4月から日本経済新聞社電子編集部に出向中。産業、経済事件を中心に取材・執筆する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長