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「ダイエー消滅」と花王との10年戦争

戦後消費の真の終焉

2014年10月15日(水)

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「ダイエー」の店舗が消えることになった。価格破壊をうたって流通革命を先導した同社はメーカーとの間で様々な軋轢を引き起こした。花王も過去にダイエーと戦った1社。両社の10年戦争と「ダイエー消滅」の間にある消費の変化とは何か。

花王中興の祖、丸田芳郎元社長(写真:梅原剛)

 戦後の流通史にその名を刻んだ「ダイエー」の店舗が消えることになった。

 9月24日、イオンは連結子会社のダイエーを2015年1月に完全子会社にすると発表した。イオンはダイエーを含むスーパー事業を再編する考えで、それによりダイエーの店舗は2018年ごろまでになくなる見通しだ。

 1957年、創業者の故中内功(注:中内功の「功」は正しくは「工偏に刀」です。ウェブ上で表記できない可能性があるため、「功」にて代用しています)氏が大阪市内に「主婦の店ダイエー薬局」を開いて以降、ダイエーは戦後日本の流通構造を大きく変えてきた。その根底に貫かれていたのが、「価格の決定権を製造メーカーから消費者に取り返す」という信念だった。

1965年に始まったダイエーと花王の「10年戦争」

 メーカーが決めた定価での販売が当たり前だった時代に、ダイエーは安売りを武器に消費者の支持を集めた。さらにメーカーの製品よりも大幅に安いPB(プライベートブランド)を大々的に展開して、メーカーの製品がなければ小売業は成り立たないという構造そのものすら変えようとした。メーカーを消費者と流通業者の仮想敵とみなしたかのようなダイエーの戦略は、メーカーとの間での様々な軋轢を引き起こす。

 最も有名なのが64年に始まった「ダイエー・松下戦争」だろう。ダイエーが松下電器産業(現パナソニック)のテレビを2割引きで売ろうとしたことに松下電器が反発し、製品出荷停止の措置を取った。それに対し、ダイエーは松下電器の出荷停止が独占禁止法違反に触れるとして裁判所に告訴。さらにPBのテレビを作って売り出した。

 日経ビジネス2014年10月13日号特集で取り上げた花王も過去にダイエーと争った1社である。

 65年、花王はダイエーが花王製品を大幅に値引きして販売していることに反発して、製品の出荷を止めた。いわゆる「10年戦争」の始まりだ。

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「花王 奪還「失われた25年」」のバックナンバー

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「「ダイエー消滅」と花王との10年戦争」の著者

小平 和良

小平 和良(こだいら・かずよし)

日経ビジネス上海支局長

大学卒業後、通信社などでの勤務を経て2000年に日経BP社入社。自動車業界や金融業界を担当した後、2006年に日本経済新聞社消費産業部に出向。2009年に日経BP社に復帰。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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