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真の「中小企業魂」をみせてやる

三菱重工コンプレッサが上げた反撃の狼煙

  • 江村 英哲

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2014年10月22日(水)

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2010年4月に三菱重工業が本体から切り離して、いち早く事業会社化した三菱重工コンプレッサ。「グローバル成長事業」と位置付けられる同社はコンプレッサ(圧縮機)の世界シェアではまだ6位だ。それでも、淘汰はされない。本社のしがらみから解き放たれた中小企業の独立心で、米GEや独シーメンスに挑む。

大型コンプレッサの前に立つ大崎裕章社長はトップ自らの営業で欧米競合と戦う(写真:森本勝義 以下同)

 「ボスは私だ。コンプレッサ(圧縮機)については私が一番、分かっている。ここでビジネスを決めよう」。大手石油会社との緊迫した商談。三菱重工コンプレッサの大崎裕章社長は笑顔で取引先と握手を交わした。「宮永(俊一)社長から事業を任せられ、好きにやらせてもらっている」(大崎社長)と自信をみなぎらせる。三菱重工コンプレッサは、三菱重工業が位置付けた「グローバル成長事業」として、その役割をしっかり果たし始めている。

 コンプレッサはLNG(液化天然ガス)プラントや化学工場で利用する大型装置の心臓部となる。米国のシェールガス革命などを受けて世界的に需要が伸びる分野だ。三菱重工は2010年4月に広島製作所に集約していたコンプレッサ事業を分社化し、「三菱重工コンプレッサ」を設立した。稼ぎ頭を分離して事業会社化する動きは社内外で話題となった。事業会社として独立させることで、三菱重工の本体から切り離されたと理解する関係者が多かったためだ。

「三菱重工に就職できたと思ったのに、本当に将来は大丈夫なのか」――。ある社員は母親がニュースを読んですぐ、心配して電話を掛けてきたことを懐かしそうに語る。それだけ、社内に与えた影響は大きかった。

 実は、この事業会社化を待ち望んでいた社員は多かった。大崎社長もその一人。海底資源の採掘に沸くブラジルへ営業に乗り込んだ時、いつまでも商談の決定ができない三菱重工に顧客が呆れて、何度かビジネスチャンスを逃したことがあったためだ。

 「事業会社化する前は、事業部に加えて、部門長から本社トップまで決済に10個以上の承認印が必要だった」(大崎社長)という。三菱重工コンプレッサとして独立した今、決裁権はトップである大崎社長が握る。取引先に「決済にはいつまでかかるんだ?」と問われても「すぐに決めよう!」と切り返せるようになった。

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