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橋下・維新改革の6年を振り返る

第1回 いいことも悪いことも「大阪」から始まる

2014年10月24日(金)

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 大阪市はもっとひどい。完全失業率、離婚率、生活保護受給比率(世帯ベース)、ホームレス数比率、平均寿命(短かさ)、結核罹患率、自殺率、小中学校の長期欠席者数比率、 児童虐待相談件数(人口)比、の全てにおいて政令指定都市で全国1位を独占する。

 それでも大阪は大都市である、豊かな方だろうという疑問がおありだろう。確かにかつては東京に次ぐ所得の高さを誇った。しかし、下の図のとおり、この20年ほどで所得は急速に低下し、今や全国平均を下回る。

 また、人口1人当たりのGDP(国内総生産、ドル、購買力平価ベース)でみると大阪はもはやシンガポールや香港以下である。

 しかもこの状況はこの10年来、悪化する一方だ。2001年から2011年にかけての実質GDPの平均成長率は、東京が0.22%、愛知が0.82%、福岡が0.85%だった。いずれも低いが、全国平均値(0.22%)をも含めてみんな一応プラスだ。しかし我らが大阪の数字はなんとマイナス0.12%だった…。

商都の底の浅さと人材の流出

 なぜ大阪がいち早くだめになったのか。東京のような首都機能を持たないため、金融や研究開発など高度なサービス業が発展しなかった。また、愛知の自動車のように強い成長産業がない。

 繊維と家電は強かったが、斜陽業種になった。京都のような文化遺産もない。元来が集散地、商都であり、フローの経済活動任せの街なのだが、その割に大きく、シンガポールや香港のような小回りが利かない。また大阪府と大阪市に分かれ、投資も政策もバラバラだった。

 さらに、商都に育った大阪人は自由な気風であるため、ヤバイと思ったらさっさと故郷を出て行く。その結果、稼ぐ力のある大阪人が大量に東京や海外に流出していった。かくして、所得が下がって社会指標が悪化すると、企業の投資が減り、負のスパイラルに陥っていった。

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「橋下・維新改革の6年を振り返る」の著者

上山 信一

上山 信一(うえやま・しんいち)

慶応義塾大学総合政策学部教授

1957年大阪市生まれ。京都大学法学部卒。米プリンストン大学公共経営学修士。旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)を経て現職。専門は経営戦略と行政改革。九州大学ビジネススクール客員教授。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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